ヴィーラの苦悩
俺達は久々に戦場に向かっていた。
いや、戦場になるかはまだわからない。
とにかく軍務に就いていた。
俺達は魔王様の客分ということになっている。
だから、ヴァラキアの軍人であるバリン、バラン兄弟のようにずっと戦場に送られているわけではない。
北の荒れ地での戦いの後、バリン、バラン兄弟はすぐに次の軍務で前線に出たが、俺達はブラドで過ごしていた。
連戦でただでさえ少ないヴァラキア軍は消耗し、王都ブラドにも最低限の兵しかいない。
だから、今回、俺達にもお声がかかったわけだ。
哨戒任務だ。
バランが部下を率いて籠っているロム城とブラドを結ぶ街道は今やヴァラキアの生命線と言える。
この道があるから、スヴァートエルフ達の国メルクハイムとも連携できるし、その西にあるドワーフ王国やカレドニア、アルデアとも行き来ができるんだ。
ここを断ち切られればブラドは孤立する。
王国軍による包囲網は狭められ、ブラドに迫ってるとは言え、この道まではまだ遠い。
しかし、時折り、街道沿いの村落が王国兵に襲撃されている。
そこで俺達が街道沿いの地域を哨戒するわけだ。
「この先の村が先週襲われて、住人のほとんどが殺されているんです。」
ンヴァラが説明してくれた。
ンヴァラは今回の任務で俺達につけられた案内役だ。
元々バランの配下の一人らしい。
薬屋でも何度か顔をあわせている。
ンダギ、ブロウ、フレッドは練兵場でよく一緒にいるらしく、特に親しい。
「あまり、気持ちの良いもんではないですけどね。勘弁してくださいよ。」
別にンヴァラが悪いわけではないけどな。
確かにその村を訪れた記憶は不快でしかなかった。
村にはあちらこちらに死体が散乱し、そのままだった。
晴れていたが、その青い空が何だか白々しく思えた。
妙な表現だが、本当にそう思ったんだ。
「人手が足りなくて、手が回ってないんですよ…」
ンヴァラが申し訳なさそうに言う。
ヴィーラが腐りかけたゴブリンの幼子の死体のもとで涙を流して膝をつく。
今回の任務にヴィーラも加わっていた。
俺は内心反対だったが、アランが無理にでも参加させるべきだと言って譲らなかった。
ヴィーラは最近、情緒が安定していない。
理由は父アルベリッヒ上級王の愚行だ。
ジャン王暗殺をフィリップに使嗾し、魔王様の封印を破り、ソニアの誘拐未遂だ。
そして、とどめを刺したのが神々を再びこの世界に呼び込んだことだ。
元々、ヴィーラは父に叛意を持っていた。
父への叛意で己を奮い立たせてきたと言っても良い。
ヴァーナのこともあるからな。
しかし、父が神々を呼び込んだことは、流石に彼女の心を折った。
父の愚行が彼女の限界を超えたんだ。
そんな状態のヴィーラを戦場に連れてきてどうしようというんだ?
アラン?
「ひどいわ。まだ幼い子供じゃない?」
「そうだ。許せない。だからお前はここまで頑張ってきたんだろう?」
キツイなアラン。
二人の会話を聞いてそう思った。
「ええ、そう。こんなこと、もううんざりよ。」
「お前は間違っていない。だから、今は俯く時じゃない。」
「わかっているわ。アラン。でも、父は、父は…」
「お前は強い。お前なら、きっとアルベリッヒの愚行を止められる。こんな酷いことをこれ以上させない為には、お前はまだ俯いてはいけない。」
「アラン…私…」
「大丈夫だ。俺は絶対、お前の横にいる…」
俺は感動した。
アランすごい奴だな。
俺も思うだけならアランと同じような言葉は出てくる。
だけど、それを声に出して言えるかと問われれば無理だ。
俺はどうしたらいいかわからなくて、わからないままにその言葉を口にできない。
あまり二人の会話に耳を傾けるのもよくないから、俺はンヴァラに案内されて村を探索した。
村の住人はほぼ全員殺されたと言うが、小さな村だ。
そこまで大きな兵団でなくても可能だ。
つまり、これをやった連中に遭遇しても俺達で相手できるかもしれないってことだ。
やってやるさ。
許せない。
なんなら、これをやった連中に遭遇したいくらいだ。
泣き叫ぶ奴らに炎の玉を…
「おい!」
「あ?」
「柄にもないこと考えこむなよ。」
フレッドの言葉にハッとさせられた。
そうだ。
俺は元々戦場に出たくなかったし、戦争で人を殺したくなかったんだ。
「すまん。」
「いいさ。最近、らしくなさ過ぎなんだよ。しっかりしろよ。」
フレッドはいつものように軽く言うが、言っている内容は俺への非難だ。
別にこの村の惨状を見て、妙な復讐心を起こしたことを言ってるんじゃない。
正直、俺にもわかってる。
わかっているさ。
わかってはいるよ。
俺は転生者の権利のことがまた脳裏に浮かんで来るのを必死に振り払った。
今は考えるな。
俺。
背後から肩を叩かれた。
エミィだった。
相変わらず気配がない。
「王国軍の兵達が近づいて来ている。」
「人数はわかるか?」
「見たところ二十人だな。」
「俺達でやれるな。」
「召喚者が現れる前の弱兵共ではないが、取り立てて強敵には見えない。」
俺達は八人だ。
前衛にンダギ、ブロウ、アラン、ンヴァラ。
遊撃にエミィ。
後衛にフレッド、ヴィーラ、俺。
今回はソニアがいない。
いつもならどんなに説き伏せてもついて来たのに、今回はあっさりブラドに留まることを承知した。
『わかったわ。言う通りにする。』
ソニアとは思えない素直な返事だった。
『だから…』
思えば、あの時ソニアは何を言おうとしてたんだろう?
俺はソニアが危険な軍務について来ないよう説得できたことに安心して、彼女が言おうとした事には思い至らなかった。
八人で二十人の相手は厳しいように思えるが、もっと沢山の敵も打ち破ってきている。
エミィだって、大丈夫と思えたから強敵じゃないと断言したんだ。
「よし。皆、聞いてくれ…」
俺はその場で作戦を考えて、説明を始めた。
兵士達は全くの無警戒で村に入って来た。
まるでこの村が全滅していることを知っているかのようだ。
村を襲った連中が戻って来たのかもしれない。
兵士達は無人の家屋に入って金目のものを漁りだした。
要するに略奪だ。
この時点でこいつらに容赦する理由はなくなった。
奴ら、てんでバラバラに行動している。
想定内だ。
奴らは西の方からやって来た。
村は東西に続く一本道に沿って家屋が並んでいる。
真っ先に一番東の家屋に入った兵士を物陰に潜んでいたエミィが背後から音もなく咽喉を掻き切って倒した。
他の兵士達は気づいていない。
多くの兵士が西から順に家屋を漁っていく。
村の中程にある家屋の裏で前衛三人が隠れている。
見つからないか不安だったが、奴らは気づかないまま、西から順に東へと家捜しを続けた。
略奪で頭がいっぱいなんだ。
真っ先に一番東の家の家捜しを始めた仲間がそのまま出てこないでも気にもしていない。
そして、最後の家屋。
家屋に入った兵士が仲間の死体を見つけて悲鳴を上げた。
兵士達が騒がしくなった。
その家屋の前に兵士が集まる。
そこでンダギ、ブロウ、アランが道を塞ぐように姿を現した。
それ程広い道ではないからな。
三人で十分なんだ。
兵士達は一斉に剣を抜き、三人に襲いかかった。
引っかかったな。
成功だ。
村の東で隠れていた俺も道に出た。
俺は奴らの背中に向けて特大の炎の玉を撃ち込んでやった。
半神レネの古代魔法講義のお陰で魔力を節約しつつ、以前より大きな炎の玉を出せるようになっているんだ。
五人が倒れた。
道いっぱいに密集しているからな。
一度に多く倒せるんだ。
フレッドの矢の雨も同時に襲いかかる。
兵士達は一瞬、混乱したが、すぐに体制を整え、前方の三人に向かって突撃した。
以前に難民護衛任務で倒した王国兵はかなり弱かったが、こいつらは違う。
しっかり訓練された兵士達のようだ。
しかし、道を塞ぐうちの前衛達は何れも百戦錬磨の戦士だ。
簡単には突破されない。
俺は再び、炎の玉の呪文を唱えようとした。
「待って。私にやらせて。」
ヴィーラだ。
しっかりとした口調だ。
思わず、彼女の顔を見た。
ヴィーラは軽く頷いた。
そこには情緒不安定なヴィーラはいなかった。
凛とした強いヴィーラがいた。
俺は肩をすくめた。
任せるよ。
ヴィーラの頭上に発光体が浮かぶ。
圧縮されて体外に出された膨大な魔力の塊だ。
やがて発光体は幾本もの矢になった。
エルフの矢だ。
魔力の矢が一斉に放たれる。
これで一度に兵士の大半が倒れた。
一人が逃げ出す。
道の東西は塞がれているからな。
横の家屋に飛び込み、裏口から逃げようとしたんだ。
無駄だったけどな。
そちらにはエミィがいた。
逃げようとした兵士がエミィに倒されると残された兵士は皆、降伏した。
反対側に逃げてもンヴァラがいたんだ。
丁寧な口調に似合わずンヴァラも屈強な戦士だ。
そっちへ逃げたって同じことになってたな。
今回は見事に作戦通りだ。
でも、一番の収穫はどうやらヴィーラが立ち直ったらしいと言うことだ。
アランの言葉が効いたかな?
俺達が降伏した王国兵を縛っている時、背後から声をかけられた。
「あなた達、こんなところで何をしているの?」
振り返るとそこには素晴らしい美人がいた。
ヴィーラのように完璧に整っていて、雪のように白い顔。
スヴァートエルフのルサールカだ。
俺が言いたい。
お前こそこんなところで何をしているんだ?




