ドワーフの救い
「神々が再びこの世界に干渉することだけは避けねばならん。」
グンナル七世王が重々しく言った。
当たり前だ。
また大地を引き裂くような真似はしてほしくない。
俺達は一人でも戦争の死者を減らしたいんだ。
「しかし、我等にできることがないのも事実。」
スリン王の声は冷静だったが、しきりにこめかみを押さえている。
賢王であるスリン王をして困惑させる事態なんだ。
「神々をこの世界から退かせ、神々の領域へ戻す方法はないのですか?」
「できるとすれば、アルベリッヒ上級王か、魔王だけかもしれぬ。」
「魔王様に?」
「勿論、わかっておる。魔王にその力があれば第二次暗黒大戦の後半にあのような惨状はなかったであろう。ただ、同じ神であるからには我等よりは期待が持てると言うのに過ぎぬ。」
そうだ。
魔王様は神としての力の大半を創造神によって剝奪されてしまっている。
魔王様に神々に立ち向かえというのは酷だ。
「では、アルベリッヒ上級王がその気にならなければ?」
「難しいであろうな。」
スリン王の言葉に一同は溜息をつくばかりだった。
「そなたも見たのではないか?白角城の地下深くにあるあの神殿にアルベリッヒが籠っておるのを?」
思い出した。
ドワーフの間者に教えられ、ヴィーラ、ソニアとともにあの地下牢へ忍び込む途中で見た光景を。
確かにアルベリッヒ上級王は地下の神殿で何者かと話をしていた。
今にして思えば、あれは神の領域に留まっている神々と接触していたに違いない。
ヴィーラはその話を誰にもしないように頼んできた。
思えば、あの時からヴィーラの表情に憂鬱の影がさしていたように思う。
他にも彼女を不安にさせることがありすぎて、見過ごしていた。
もしかしたらヴィーラはこの事態を想定していたのではないか?
それで父の狂気を独り憂いていたのではないか?
地下牢に緑の党の者が囚われていることを知らせてきた以上、ドワーフの間者はあの地下神殿の存在も気付いており、そこに籠るアルベリッヒ上級王も見張っていたに違いない。
ドワーフ諸王はそれを知っていたんだ。
「もしかしてアルベリッヒ上級王が神々をこの世界に手引きしたのでしょうか?」
「そうとしか考えられぬな。どうしてそのようなことができたかはわかりかねるが…」
巌の如く動じることのないグンナル七世王ですら、不安を隠しきれないようだ。
「まさかアルベリッヒ上級王だって、今の世界を破滅させたくはないでしょう?」
「儂等もそう思っていた。だから間者が神殿にアルベリッヒが籠ることが多いと報告してきても放置しておった。奴にも郷愁のようなものはあろうからな。」
ヴィーラも言っていたな。
『でも、父にとっては懐かしい場所なのよ。きっと。』
アルベリッヒ上級王は初めてこの世に生み出されたエルフだ。
神々に育てられ、教えられ、鍛えられた。
その神々と過ごしたのがあの神殿だ。
だから、今でも神殿を訪れるとヴィーラは言っていたじゃないか。
しかし、自分が神々に教え導かれていた時代が懐かしいからと言って、神々をこの世界に呼んでしまうのか?
「儂等はアルベリッヒとて、神々が再び干渉すれば、この世界が破滅しかねないことくらいわかっていると信じておった。」
ここで一度グンナル七世王は一息おいた。
「だが、巨神兵が動き出した。」
グンナル七世王の言う通りだ。
巨神兵が動いた以上、神々がこの世界に干渉を始めたのは間違いない。
本当にアルベリッヒ上級王は狂気にとらわれ、神々をこの世に呼び出してしまったと言うのか?
俄かには信じがたいことだ。
しかし、神々をこの世に呼び戻すものがいるとすれば、それはアルベリッヒ上級王以外に考えられない。
「転生者殿。そなたは先程、我らに尋ねたな?中立はどうなったのかと。」
そうだスリン王はまだそれに答えてくれていない。
ドワーフ諸王はアルベリッヒ上級王の御前会議で中立を宣言したんだ。
どうして、今回の戦で俺達を助けた?
「それについても儂から説明しよう。」
グンナル七世王が話を引き取る。
「我らは中立を宣言したが、同盟は破らぬとも宣言した。」
アルベリッヒ上級王の御前会議を思い出す。
最後にグンナル七世王はこう言ったのだ。
『我々ドワーフ族はそなたらが本当に危機を迎えた時、我が身を擲ち助けに参じよう。』と。
そして『もっとも、貴殿らが望むやり方になるかはわからぬがな』とも。
一体あの発言の意図は何だったんだ?
「この戦へドワーフが参加したのはな…」
俺はグンナル七世王が何を語るか固唾を飲んで待った。
「エルフを助ける為なのだよ。」
「?」
「もっと言えば。アルベリッヒを助けにな。」
「!?」
「アルベリッヒの心を助けたいのじゃよ。儂等は。」
アルベリッヒの心を助けるだって?
どういうことだ?
「アルベリッヒとて、これまでは再び神々にこの世界へ干渉させまいと思っておったはずじゃ。我等はそう信じていた。しかし、此度、神々を呼びだしてしもうた。」
やはりアルベリッヒ上級王が神々を呼び出してしまったのか?
そこまでアルベリッヒ上級王は狂気に侵されていたのか?
少なくともドワーフ諸王はそう思っているようだな。
「儂等は奴にこれ以上愚行を起こさぬよう諫めたいのじゃ。しかし、今のあの者に言葉で言ってもわからぬであろう。だから実力行使で奴の頬を引っ叩いたのじゃよ『正気に戻れ!』とな!」
そういうことだったのか。
これがドワーフの救いなんだ!
ドワーフ諸王にとって、これはエルフへの真の救いの手なんだ!
確かにグンナル七世王は信義を以って同盟を守っている。
アルベリッヒ上級王にそれが伝われば良いのだが…
「アルベリッヒは心を病んだのじゃよ。長く生き過ぎたのやも知れぬ。ジャン王が魔王を倒し、遂に奴の望む世界が実現すると思ったことじゃろう。しかし、ジャン王はオークやゴブリンと講和し、共存の道を歩み始めた。しかも、実は魔王は滅んでおらず、封印されただけで千年後には復活すると言う…」
そうか、先の大戦でジャン王が魔王様を滅ぼしたとアルベリッヒ上級王も思い込んでいたんだな。
「千年後、ドワーフやヒトがオークやゴブリンと共存する世界に魔王が復活し、魔王も平和に暮らす…アルベリッヒには到底受け入れられない未来じゃな。」
「では、魔王様が実は封印されていただけだと知ったことが事の発端だと?」
「そうであろうな。」
「恐らく半神レネがそのことを漏らしたと思われるのですが…」
俺はルセ平野の戦いの終わりに暴露された半神レネの裏切りのことを語った。
魔王様からは緘口令が敷かれていたが、ここはヴァラキアではない。
それにドワーフ諸王にはこの話はしておいた方が良いに違いない。
「そうか…半神レネがな…」
「そうであれば、辻褄があってくるな。」
考え込んでしまったグンナル七世王の代わりにスリン王が話を引き取る。
「半神レネが裏切り、魔王が滅びたのではなく封印されただけであることをアルベリッヒに伝える、アルベリッヒは半神レネに持ちかけたのであろう。奴に協力し、魔王の封印を解けば、神々をこの世に呼び出し、神々に頼んでお前も元の半神に戻してやろうと。今のレネは半神と言っても往時の十分の一程の力も持っておらぬからな。」
それでも、普通の人間から見れば超人のような存在だけどな。
とにかく、これで全てが見えてきた。
「アルベリッヒの狂気を止めねばなるまい。神々を呼び出したことと言い、召喚者を操る試みと言い、奴は恐ろしいことをしようとしている。」
「アルベリッヒ上級王は何をしようとしているのでしょう?」
「奴は恐らく、神々と共にこの世の全てを手に入れるつもりであろう。」
「この世の全てを?」
「さよう。恐らくはオークやゴブリンだけではなく、ヒトも我々ドワーフ、ノームも滅ぼし、神々とエルフだけの時代を築こうとしているのではないかな?」
「ヒトやドワーフもですか?」
「アルベリッヒが召喚者を手に入れれば、ヒトは強力な守護者を失う。神々の力もあれば全てを滅ぼすことも可能であろう。奴は自分にとっての理想の時代、この世に神々とエルフのみがいた時代、即ち上古の時代を再現しようとしておるのではないか?」
スリン王が話し終えると誰も発言しなかった。
グンナル七世王も、水晶の向こうにいるビュール三世王も、ロフト王も険しい顔をして口を閉ざしたままだ。
王の広間のどこかで松明の火がはぜた。
その僅かな音だけが、広い王の広間で響いていた。
俺達は皆、滅ぼされるんだ。
狂ったライオスエルフの王と無慈悲な神々に。
このドワーフ達が築いた驚異のワッサーブルクに響くドワーフ達の槌音は絶える。
テルデサード王国の王都クロンドロイの雑踏も絶え、全ては廃墟と化する。
カサベラのオークもゴブリンもドワーフもヒトも皆、滅ぼされてしまう。
そして、カレドニアの俺の故郷も無に帰するんだ。
俺達はスリン王の推測の真実味と恐ろしさに言葉を失うしかなかったんだ。




