至宝『遠信の水晶球』
俺はワッサーブルクの中へ入る前にケルピーの旗の下に行った。
パーシーと故郷の者達のもとへ。
「ダンカン!ドワーフの国に行くの?僕も行きたい!」
戦が終わって無事だったことがパーシーを少し興奮させているようだ。
「パーシー、よく聞くんだ。戦場から兵達が帰ってきている。皆、腹を空かせているだろうし、負傷者もいる。」
俺はパーシーにわざとゆっくりと話をした。
「もしかしたら、助からない負傷者もいるかもしれない。」
パーシーの顔に真剣な表情が浮かんだ。
「いいか、彼等に食事を用意し、手当てをするのが後方支援部隊の仕事だ。」
パーシー頷いた。
「俺は今から偉い人達と話をしてくる。その間、ここを任せて大丈夫か?」
「わかった。ダンカン。」
「よし、頼んだぞ。お前がマカリスター家の代表だ。家名にかけて頑張るんだ。」
俺はパーシーの頭をクシャッとした。
「任せて!ダンカン。」
パーシーは素直ないい子だ。
きっと良い当主になるだろう。
俺は自分の胸の奥を探る思いだった。
七年前、故郷から出た時、正直、まだマカリスター家の当主の座に未練があった。
あの頃は故郷を思い出す度に胸の奥に悔恨の疼きがあった。
だが、今こうして成長したパーシーを目の前に胸の奥を探っても、疼かない。
今の俺は心からパーシーがマカリスター家の当主になることを願っている。
こう思えるようになったのには、きっと俺が俺自身に自信を持てるようになったからだと思う。
今の俺はひとりぼっちじゃない。
仲間がいる。
ンダギ、ブロウ、エミィ、フレッドがいる。
ヴィーラ、アランがいる。
ディアリンがいる。
そしてソニアがいる。
皆に囲まれて、帰れる場所がある。
カサベラでの生活。
そして、この旅。
この七年で俺が積み上げてきたものだ。
「ねぇ、ダンカン。」
「うん?」
「話が終われば戻ってくるでしょ?」
「あぁ、そうだな。」
「じゃあ、その時にダンカンの友達を紹介して。」
パーシーの目線の先にはンダギやブロウがいた。
そうか田舎のカレドニアにいるとなかなか他種族に会えない。
興味があるんだろう。
「わかった。それまで頑張るんだぞ?」
俺は右手を差し出した。
パーシーがその手を取った。
パーシーは幼いがマカリスター家の当主代行として立派に仕事をしようとしているんだ。
対等の相手として握手をしたかった。
「わかった!ダンカン!」
パーシーの声は幼いながらも凛としていた。
俺達はワッサーブルクの門へと歩いて行った。
そうだ。
ひとつ、言っておきたいことある。
「エミィ、お前こうなることがわかってたんだろ?」
「どうした?ダンカン?なんのことだ?」
「だから、ドワーフ達が味方に付いてくれるって知っていたんだろ?」
神々の宿木でドワーフ諸王からもらったメダルを俺はローブの下から取り出した。
あの時、確かにエミィは謎の笑みを浮かべていた。
このメダルを見て。
「あぁ、メダルのことか…いや、この戦でドワーフ達がこちらに味方してくれるとまではわかってなかったさ。ただ、いつかこんなことが起きるだろうとは思っていたさ。」
俺は自分のメダルを見た。
複雑な細工の模様が施されている。
「こいつはドワーフ風になってはいるが、ゴブリンの細工師が施す模様だ。ゴブリンの細工師からドワーフ達に伝わったんだろう。」
エミィも自分のメダルを取り出して眺めた。
「ゴブリンの細工師はこの模様のパターンでメッセージを込める。そして俺達がもらったメダルに施された模様の意味は『いつかは共に』だ。それだけさ。」
相変わらず食えない奴だよ。
エミィは!
ワッサーブルクの中は松明で照らされていた。
ドワーフ達は暗闇でも見えるから、これは俺達への気遣いなのかもしれない。
とは言え、だだっ広い回廊に僅かな松明では俺達には暗くてよく見えない。
時折、採光窓から差し込む光の柱が眩しい。
聞けば、山中に無数の採光窓が設けられているらしい。
真っ暗闇で見ることができるドワーフ族であっても陽光は恋しいようだ。
いくつかの回廊を経て、恐ろしく広い回廊に出た。
ワッサーブルクの一番主要な回廊だと言う。
それはドワーフ細工の結晶と言っても過言ではない美しさだった。
アーチ状の天井には色とりどりの水晶が無数に埋め込まれていた。
そして採光窓から差し込んだ陽光が水晶を経て無数の光で回廊を照らしていた。
それは転生する前の世界で言えばプラネタリウムのようだった…と言うには美しすぎて、正確には伝えられない。
聞けばこの回廊、星々の回廊と言う名だそうだ。
そして回廊の身廊と側廊の間には水路があった。
その水量は豊富で瀬音は轟々と回廊中に響き渡っていた。
この水路がカランデールに向かう船から見たあの大瀑布に流れ込んでいるらしい。
水の都を意味するワッサーブルクの象徴だ。
星々の回廊は大きな扉に当たって終わっていた。
王の広間の扉だ。
俺達はワッサーブルクの王の広間に入っていった。
その広さは星々の回廊の比ではなかった。
王座へ続く絨毯の両脇には無数の巨大な柱が林立し、暗さも相まってその向こうの壁は見えなかった。
柱には複雑な細工が施された金属が被せてあり、職人の多いドワーフの技が面目を躍如していた。
広間の奥の階段を上がった高台に王座があり、採光窓からの光がスポットライトのように照らしている。
王座にはグンナル七世王が座っていた。
相変わらずの威厳だ。
本来はロフト王の王座である筈だが、グンナル七世王は全ドワーフの宗主と言われる立場だ。
ロフト王がその座を譲ったのだろう。
王座の前には半円状に椅子が配されていた。
スリン王がその席に座るように言った。
俺達はンダギ、ブロウ、エミィ、フレッド、アラン、ディアリンの顔触れだ。
ドワーフ側はグンナル七世王、スリン王、ロフト王の三人だ。
以前に神々の宿木で出会ったドワーフ諸王のうち、ファイアーブルクの王、ビュール三世王だけがいない。
彼の領地、ファイアーブルクはここからアルフハイムを挟んだ向こう側だ。
遠過ぎるからな。
玉座の脇に精巧な彫刻が施された台があり、その上に驚くほど大きな水晶球が鎮座していた。
転生前の世界で言えばボーリングのボール程のサイズだ。
俺はその水晶球に目を釘付けにされていたが、スリン王は構わず言った。
「これで皆が揃ったな。」
すると水晶球の方から声がした。
「よく聞こえておるわい。」
神々の宿木で一度話しただけだが、その声はビュール三世王の声のように聞こえた。
俺は驚いて水晶球を見るとそこには美しい玉座に収まったビュール三世王の姿が浮かび上がってきた。
「これがドワーフ族に伝わる至宝、『遠信の水晶球』じゃな。」
スリン王が教えてくれた。
驚いた。
水晶球の中に映し出されているビュール三世王はまるで手が届きそうなくらい鮮明だ。
僅かな咳払いすらすぐ隣にいるかのように聞こえてくる。
これじゃ転生前の世界で言えばオンライン会議みたいなものじゃないか!
「芽吹きの時代、神々が我らドワーフ族、ノーム族にくだされたものじゃ。」
スリン王が説明してくれた。
「かつては全ドワーフ族で十個の球を有していたと伝承にはあるが、今は四つしか残っておらん。アイセンブルク、ファイアーブルク、ワッサーブルク、そして神々の宿木にある四つじゃな。」
そうか!
それで神々の宿木から一瞬で情報が伝わるのか!




