北の荒地の戦い(中)
こちらの軍の中央部で待機していた部隊が突撃を開始した。
今は戦を決めに行く段階だ。
後方支援に回した農民兵以外の全部隊を投入した。
ライオスエルフ軍は益々混乱した。
一番先頭の部隊はライオスエルフ軍の中央部辺りまで食い込んでいる。
ライオスエルフ軍はなす術もない様子だ。
俺も思わず走り出して敵軍の中に走り込もうとした。
逃げ惑うライオスエルフ共の背後から魔法の一撃を与えれば、もっと崩せるに違いない!
思えば、俺達のそんな傲慢な考えが既に破滅への誘いだったんだ。
戦場は鉄と血と狂気の臭いで咽せるようだった。
そうだ。
狂気だ。
俺達は常日頃、ライオスエルフを驕慢だと非難していた。
しかし、この時、驕慢だったのは俺達だった。
狂気に惑わされていたのは俺達の方だった。
この程度でライオスエルフの軍を破れると思っていたなんて…
戦場に大音声が響き渡った。
聞き覚えのある声だ。
あの鉄のように冷たい声。
アルベリッヒ上級王の声だ。
「愚か者共め。これで勝ったつもりか!?げに愚者とは汝らのことぞ!ライオスエルフの力を思い知れっ!」
アルベリッヒ上級王がこの戦場にいるだと!?
まさか上級王自らこの戦場に出陣していたとは!
そして、この声だ。
俺もよく使う伝言の術は大気の精霊を使役して音の波長をコントロールし、自分の音声を離れた者の耳元に伝える術だ。
ごく初歩的な術で、俺も戦闘中に指示を出す時によく使う。
飛翔するワイバーン上の俺に話しかける時、ヴィーラが使ったのも伝言の術だ。
しかし、これは…
広い戦場中に響き渡る声。
これだけの範囲に自分の声を届けるなんて、どれだけの魔力があるんだ?
そして俺は天を仰いだ。
そこには俺が恐れていたものがあった。
巨大な発光体が戦場の空を覆っていた。
俺はこの光を見たことがある。
そうだ。
あの古城址でヴィーラが作り出した発光する魔力の塊。
俺達の頭上にはその何十倍もの大きさの発光体が浮かんでいた。
俺は知っている。
あの発光体がどれだけの威力を発揮するのか…
発光体が幾本もの矢に変形する…
「皆、逃げろ!」
俺の叫びは戦場の喧騒にかき消されて、何の意味もなさなかった。
そして戦場に降り注いだ。
何百本ものエルフの矢が…
それはまさに雨のようだった。
逃れようのない雨のような…
形勢は一気に逆転した。
戦場に響き渡るアルベリッヒ上級王を耳にしたライオスエルフ兵は一斉に逆撃に転じた。
一方でエルフの矢の雨に晒された俺達は壊滅状態だ。
生き残った者は我先に逃げ出した。
「止まれ!止まれ!」
指揮官達が叫んでも意味がなかった。
俺達は狂騒状態になってしまったんだ。
俺も狂ったように暴れるヘイローを落ち着かせるのが精一杯だった。
幸い、俺もヘイローもエルフの矢にはやられなかった。
バランが走って来る。
「ダンカン、丘の上に上がろう。あそこなら防御に向いている。」
「丘の上に上がってしまうと奴等に街道を突破されるぞ?」
「どのみち、このままじゃこちらは全滅だ。俺達が全滅すれば、結局は同じことだ!」
「しかし!」
「駄目だ!お前は後方支援部隊を指揮しろ!あいつらを丘の上に連れて行ってくれ!」
後方支援部隊と聞いて、俺の脳裏にはパーシーが思い浮かんだ。
このままでは後方支援部隊まで蹂躙されてしまう。
そうなればパーシーや故郷の者達が…
くそっ!
俺はどうしたらいいんだっ!?
「ダンカン!いいか?頼んだからなっ!」
バランはそう叫ぶと一番の激戦区へと走っていった。
「丘に上がれ!皆、丘に上がるんだ!」
バランの叫び声が響き渡る。
俺はバランの叫び声に励まされるように踵を返し、後方支援部隊の方へヘイローを走らせた。
「丘へ上がれ!丘へーっ!」
俺は後方支援部隊の中に飛び込むと叫び続けた。
魔法も使った。
伝言の術の応用だ。
アルベリッヒ上級王と同じく、できるだけ広範囲に俺の声を届かせた。
勿論、アルベリッヒ上級王よりも遥かに狭い範囲にしか声は届かないんだが…
「ダンカンどうしたの?」
パーシーの声だ。
気づけば、俺はケルピーの旗の近くにいた。
「パーシー、ダグ、すぐに皆を連れて丘に上がるんだ。今、すぐだ!」
「しかし、ダンカン若様、荷物を広げちまってます。こいつを片付けるのはひと手間かかります。」
「構わない!ダグ、全部捨てろ!とにかく丘へ登れ!」
「ダンカン、負けたの?」
パーシーは不安そうだ。
パーシーの顔を見て、俺は我に返った。
俺はヘイローから降りるとしゃがんでパーシーの目線に合わせた。
パーシーを落ち着かせるように微笑んでみせた。
俺にこんなことができるなんて…
「パーシー。よく聞くんだ。まだ負けてない。だけど危険なんだ。いいか?丘に上がれ。丘の上で敵を迎え撃つ。グズグズしてると敵中に孤立して皆が死ぬぞ?皆を連れて丘に上がるんだ。いいか?」
パーシーが頷いた。
「わかった。皆を連れて丘に上がる。」
「よし。それでこそマカリスター家の当主だ。ロバートはきっとお前を誇りに思うよ。」
「うん!ダンカンと同じにね!」
そう言うとパーシーは甲高い声で叫んだ。
「皆、あの丘に上がって!今、すぐに!」
マカリスター家の領地から来た皆が立ち上がった。
パーシーの号令で皆が動いたんだ。
俺はこの光景をロバートに見せてやりたかった。
「ダグ、パーシーと皆を頼む。」
「わかりやした。ダンカン若様もどうかご無事で。」
「勿論だ。こんなところで死ねるか。丘の上で会おう。」
俺は引き続き後方支援部隊の皆に丘に上がるよう触れ回った。
俺が戦場の右手にあった丘の中腹まで来た時、既に戦場で友軍は壊滅状態だった。
生き残った者は皆、急な斜面を必死に駆け登っていた。
俺の愛馬ヘイローはカレドニア産の山岳種の馬だ。
大柄な馬体に似合わず急な斜面も危なげなく登ってくれる。
だからと言って、仲間を置いてはいけない。
「皆、もうすぐ丘の上だ!頑張れ!諦めるな!」
俺は後方支援部隊の連中を励ましつつ、その最後尾にいた。
丘の頂上は間近だ。
果たして、俺達は丘の上で防ぎきれるのか…
息を吹き返したライオスエルフ軍は再びあの繊細なデザインの鎧を陽の光に輝かせ、整然と体形を整え、突撃体勢をとっている。
奴等が俺達を追いかけて斜面を登ってきた。
逃げ遅れた味方が次々と討たれていく。
再びライオスエルフの魔法が炸裂する。
何本もの稲妻が轟く。
「丘だ!急いで登れ!」
そんな味方を叱咤する自分の声が空々しく、空虚に思えてきた。
そして…
その時、角笛が響き渡った。
角笛は丘の上から聞こえてくる。
聞いたことのない音色だ。
味方の角笛ではない。
次々と吹き鳴らされる角笛の音が重ねられ、いつしかその音色は戦場を覆った。
大地そのもののように重く低く響き渡る角笛の音色だ。
俺は丘の上を仰いだ。
そこには…




