パーシーとの再会
カレドニアへ続く遠浅の広い砂浜の彼方に人影が見えた。
それは少しずつ増え、やがて長い人の列となった。
カレドニアの軍勢だった。
先頭はシンクレア一族の集団だった。
ノルデル伯の伯爵シンクレア家はシンクレア一族の分家だ。
本家の一族は今ではカレドニアで最大の氏族だった。
続く集団もカレドニアでは特に大きい氏族だ。
マクレオド、ロス、アーカート、マクレーン…
これらの一族は地位こそ地主階級だが、規模はテルデサード王国の貴族に引けを取らない。
それだけに訓練された戦士も連れている。
皆、アランのようにカレドニア特有の大剣を帯びている。
各氏族の家紋を描いた旗がはためいている。
大きい氏族の後には小さな集団が続いた。
小さな一族からも戦への参加者がいるんだ。
ほとんどが農民だ。
彼等の装備は大きい氏族の戦士達に比べ貧弱だ。
狩猟用の弓矢や斧を武器にしている者もいる。
鎧を着けている者など稀だ。
彼等は河口付近に野営地を設けた。
ディアリンの仲間のライオスエルフ達とカレドニア勢の主な者達が早速、会合を始める。
俺達も参加した。
トロール族からも二人、西方語のできるものが参加する。
カレドニアの参加者は初めて見るエルフやトロールに興味津々だった。
会合の後、俺は野営地の方へ向かった。
そこにいるのは懐かしいカレドニア人達だ。
そして、見つけた。
懐かしい家紋を。
ロッホナラステア湖の水面を表す波線の上に描かれたケルピー(上半身が馬、下半身が魚の幻獣)の旗が冬の曇天の下にはためいていた。
マカリスター家の家紋だ。
「ダンカン!」
子供特有の甲高い声。
聞き覚えのある声より随分とお兄ちゃんになっていた。
間違えようがない。
パーシーの声だ。
「パーシー…」
ケルピーの旗のもとにいた集団で唯一馬に乗っているのがパーシーだった。
あのマカリスターの西門で別れた時、まだ三歳だった。
今は十歳だ。
「やっぱりダンカンだ!」
「パーシー、大きくなったな。」
「ダンカンはそんなに変わんないや。」
「覚えているのか?」
「忘れないよ!ずっとね。」
パーシーの周りにいた大人達もやってきた。
「ダンカン若様!」
「ダンカンさんお久しぶりです。」
「ご立派になられて…」
マカリスター家の領内にある村の住人達だ。
故郷を出る前に村々の見回りをよくしていたので皆見覚えのある者達ばかりだ。
槍を持っている者もおれば、斧を腰に吊している者もいる。
待てよ。
そうだ。
俺達はこれから戦をするんだ。
どうしてパーシーがいるんだ?
「パーシーどうしてお前がいるんだ?ロバートはどうした?」
「実は…」
説明をしてくれたのは大人達の方だった。
「ロバート様は昨年腰を痛められまして、長旅は難しかったのです。マカリスター家からは私達だけで行くと申し上げたのですが、ロバート様は小作人達だけを戦に送り出すのはマカリスター家の名折れと申されてパーシー様を送り出されたのです。」
「馬鹿な。戦なんだぞ?パーシーはまだ十歳なんだ。」
「ダンカン。僕、怖いけど、逃げないよ。ロバートがマカリスター家の当主としての役割を果たせって。」
パーシーは幼いなりに決意した者の眼差しを向けてきた。
「それにダンカンもいるじゃないか!」
「俺はもう大人だし、魔法も使える。これまで傭兵の経験もあるんだ。」
「だったら、大丈夫だね!」
「どういうことだ?」
「ダンカンと一緒に戦う。そんな自信のあるダンカンの側なら安心でしょ?」
「それは…」
先程の会合で、カレドニア勢でも農民達は後方支援に回すことで決まっている。
俺達は最前線だ。
パーシー達とは一緒にいてやれない。
でも、それを言えば、最前線まで付いてきかねない。
「だって、ダンカンはカレドニアで一番の英雄だもん!」
「なんだって?」
「それはこうです…」
すぐ横にいた大人が教えてくれた。
彼は領内で一番大きい村の村長の息子だ。
確か名はダグだったな。
俺が故郷を出た頃は俺と同じく成人の儀を終えたばかりだったはずだ。
「バーン様がダンカン若様のご活躍を儂等に教えくれたんです。」
「俺の活躍だって?俺は騒動に巻き込まれて逃げ回っていただけだぞ?」
「いいえ、私達がきいたお話では、王国の姫君を助け、心正しいエルフの姫君を助け、横暴な王国の召喚者達相手に互角に戦い悉く退けてきた英雄だと…」
バーン師め、話を盛って触れて回ったな!
師匠とは言え酷いじゃないか!
笑えてきた。
真に受けて彼等は本気で英雄と思い込んでいる。
これは笑うしかないだろ?
バーン師のことだ。
俺を英雄に仕立てあげといて、カレドニアの人達を焚きつけたんだ。
より多くの戦力を集める為とは言え、親戚の子供であり、弟子である俺をダシにするとは!
まぁ、バーン師らしいな。
「それよりダンカン!」
「なんだ?」
「約束を守ってよ!」
「約束だって?」
「忘れたの?ほら!海は目の前だよ!」
俺は涙が出そうになった。
海を眺めてごまかした。
忘れるもんか。
マカリスターの西門でついた嘘。
マカリスターの西門でした約束。
『じゃ。今度海に連れてって。そのかわりいっぱい遊んで。』
『わかった。たくさん遊ぼう。』
『貝を拾う?』
『わかった。』
『砂でお山作る?』
『わかった。』
『お魚捕れる?』
『どうかな?パーシーができるようになったら釣りをしよう。』
あの日のことを俺が忘れるわけないだろう?
「よし行こう。砂浜すぐそこだ。」
「待って。ダンカン。ダグ、お願い。」
「わかりやした。パーシー若様。」
「?」
「ダンカンに会えると思って連れてきたんだよ。」
「?」
「ほら!」
パーシーが指差した先に信じられないものが見えた。
ダグに引かれてきたのは俺の愛馬、ヘイローだった。
俺達は砂浜の波打ち際を馬で進んだ。
「貝を集めるか?」
「いいね!お山も作るからね!」
馬上ではしゃぐパーシーは先程の決意に満ちた顔から年相応の子供の顔に戻っていた。
「ねぇ、ダンカン。」
「うん?」
「ロバートとアリシアがダンカンによろしくって。」
「そうか…」
俺は砂でお山を作る手を止めて、遥か西まで続く遠浅の砂浜の彼方を見た。
故郷、ロッホナラステア湖の方角を。
俺の脳裏には懐かしい景色が浮かんでいた。
俺を可愛がってくれたロバートとアリシアと共に過ごした日々の景色だ。
ライオスエルフの軍勢がこちらに向かって進発したとアルフハイムと北の荒地の境界に当たるあの峠に潜ませていた斥候から知らせがあったのはその翌日だった。




