トロール高地
ブラドからはひたすら北へ旅した。
俺やソニア、フレッドは騎馬だが、ンダギ、ブロウ、エミィを始め、オーク、ゴブリンは馬車だ。
ヴァラキアの特徴として街道の整備が進んでいることが挙げられる。
理由は主な住人であるオーク、ゴブリンに乗馬の習慣がないというのがある。
乗馬はしないが馬車や牛車を多用する。
馬車は道が悪いと徒歩よりも遅くなる。
自然と騎乗よりも馬車が一般的なこの国では街道の整備が進んだわけだ。
俺達が向かうのはヴァラキアでも辺境と呼ばれる地域なのだが、そこへ向かう道であっても比較的街道が整備されている。
だから急ぎの旅でも馬車が使える。
俺達はトロール高地と呼ばれる北辺の地を目指していた。
空気の薄さがわかるくらいの高地だ。
そこは木がほとんど生えない岩だらけの荒野だった。
淡い緑の芝草が薄く大地を覆っている。
北の荒地よりも更に不毛の大地だ。
そんな大地でも稀に人家があり、畑がある。
トロールの集落だ。
この高地がトロール達の故郷だ。
俺達はそんな集落に立ち寄ると魔王様からいただいた文書を差し出す。
それを見たトロールはすぐに使いを出す。
やがて、その集落で唯一、西方語を話せるトロールが出てきた。
「ようこそいらっしゃいました。」
「ご苦労をかけてすまない。」
バリンが対応してくれた。
今回の旅にはバリンも参加している。
俺達の仲間の他に戦場でンダギやブロウの配下だったオークやボブゴブリン、ゴブリンの兵士達にバリンと彼の選りすぐりの部下が加わっている。
総勢約五十人程。
反乱を起こしたカレドニアへの援軍としてはあまりに少ない人数ではあるが、この辺鄙な地を経ての旅をするにはギリギリの人数なんだ。
バリンと話したトロールは石を積んで築いた民家の中に入り広い部屋に案内してくれた。
もっとも、身の丈十二フィート(約三.六メートル)に達する巨人のトロール族にとっては普通の部屋なのかもしれない。
部屋の中には美しい織物が壁を飾っていた。
無骨で粗野な石造りの家の外見とは裏腹に、室内は素朴ではあるが心安らぐ美しさがあった。
そこで俺達はありがたく旅の疲れを癒した。
トロールはうまい干し鱈を振る舞ってくれた。
トロールの干し鱈!
以前の俺なら想像もつかなかった。
トロールと言えば高地の民だと思っていたんだ。
俺は魔王様がトロール高地へ行けと言った時驚いたものだ。
これから北の荒地は行かなければならないのに、何故、見当違いなトロール高地へ?
そう思ったんだ。
魔王様は俺の無知を笑いはしなかった。
柔らかい表情でこう言った。
「トロール達の船を使うのだ。」
トロールの船?
トロールが船を操るイメージが湧かなかった。
これらは不毛の高地の民ではなかったか?
「トロール高地の北は海だ。」
半神レネが呆れたように言った。
いつもは無表情なのに、こんな時だけ感情を感じさせるなんて…
いや、実際は無表情なままなんだが、慣れてきて、なんとなく呆れているのを感じることができるようになったんだ。
言われてみれば、そうだ。
北の荒地は海に面している、その北の海をずっと東に行けば…
確かにトロール高地の北側だ。
それに転生前の記憶が蘇る。
ムーミン谷は確か入江に面した峡谷だ。
ムーミントロールだってトロールだ!
トロールが漁民であっても不思議はない。
粗野で不毛だが美しいトロール高地の北は断崖絶壁で一気に海辺まで落ちていた。
その断崖に刻まれたジグザグの道を俺達は降りて行った。
流石にここでは馬車は通れない。
俺は山岳種の馬をあてがわれていたから乗馬のまま旅したが、ンダギ達は徒歩だ。
断崖を降りると潮の香りがしてきた。
トロール高地の漁村は高地から落ちてきた断崖と海に挟まれたわずかな土地にあった。
そこにはバイキングのガレー船とそっくりな船が並んでいた。
これから俺達が北の荒地まで行く船だ。
魔王様の文書は霊験あらたかだ。
ここでもそれを見せれば、すぐにトロールの屈強な漕ぎ手が出てきた。
流石にこんな辺鄙な漁村に西方語を話せるトロールはいなかったが、最初の村から同行してくれたトロールが通訳をしてくれた。
俺達はこれから彼らとここから北の荒地まで航海をする。
まさかこんな道があるなんて。
俺には想像もつかなかった。
しかしこれならエルフの土地もドワーフの土地も経由せずに北の荒地へ行ける。
転生前の世界でも本や映画でバイキングのガレー船を見たことはあったが、乗り手がトロールである以上、それよりも大きいのかもしれない。
実際のところはわからない。
なんせ、前世だってガレー船を直に見たことなんてないんだからな。
俺達は五隻のガレー船に分乗した。
一隻につき八人のトロールが乗り込んできた。
彼等はそのまま援軍として加わる予定だ。
屈強なトロール兵四十人!
これならライオスエルフ共だってビビるさ!
ガレー船では俺達にもオールを任されたが、結局、役に立たないとすぐにお役御免になった。
トロール族用のオールは俺達にはデカ過ぎるんだ。
トロール達だけでも船は十分に進んだ。
トロール高地の西にはライオスエルフ達の国アルフハイムの森がある。
その森の北にも海岸はあるわけだ。
ライオスエルフ達は船で海に出ないのだろうか?
「昔はライオスエルフも航海していたのよ。」
ヴィーラは教えてくれた。
「芽吹の時代まではね。」
「芽吹の時代までなのか?」
「ええ、そう。」
芽吹の時代の後と言えば第二次暗黒大戦だ。
第二次暗黒大戦の後半、神々が巨神兵に憑依し自らこの世界で大暴れした。
俺の故郷カレドニアやスカニアのフィヨルドはその時神々が土地を取りあって引きちぎった跡だと言われているくらいだ。
その阿鼻叫喚の中で何かあったのか?
「何かあったようね。私はまだ若すぎて教えてもらえなかった。」
ヴィーラは肩をすくめた。
「でも、私達の国、アルフハイムの北にある湾、『虚無の海』はライオスエルフにとって禁忌の地なの。」
虚無の海…
名前からして何かあった感じがするな。
「要はあなた達にとって都合がいいわけよ!」
ヴィーラは受けあった。
ライオスエルフ達の国の北岸を船で横切っても邪魔は入らないと。
あぁ、ヴィーラ。
しばらく会えないと寂しいな。
俺達は北の荒地へ戦に向かう。
君はワイバーンで神々の宿木を強襲する。
どちらも命懸けだ。
また、君に会えることを切望しているよ。
君の大切な恋人もきっとそう思ってるよ。
俺は前を歩くアランの背中をポンっと叩いた。
無愛想なアランが何事かと振り返るが、肩をすくめて笑って見せた俺に呆れたような目線を投げつけるとまた歩き出した。
そりゃそうさ。
こいつの方がよっぽどヴィーラと一緒にいたいはずなんだ。
こうして俺達は思いもよらない道で北の荒地へ向かった。
今度の戦、俺にとっては、この世界での故郷カレドニアを守る戦いだ。
北の寒々とした海上で俺の心には熱いものがあった。




