ルセ平野の戦い(上)
ルセ平野の中心部にロムの丘というのがあり、そこに建てられた城がロム城だ。
ロム城にバランの率いる部隊が籠っている。
この城を王国軍が包囲していた。
囲むばかりで本格的な攻城戦はしかけてこないらしい。
兵糧攻めという奴か。
ロム城には十分な貯えがあるそうだから、暫くは持つだろうが永遠と言うわけにはいかない。
しかし、バランの持つ兵力で包囲軍に挑むには無理がある。
しかも、この地を取られるとハラド地方は東西に分断され、メルクハイムの森との連携が断たれてしまう。
城を捨てて撤退させるわけにもいかない。
この状況は打開しないといけない。
つまり、後詰が必要だ。
王国軍もその後詰を期待している。
魔王様自ら後詰に来ることを。
ハラド地方で唯一と言って良い大規模な会戦が行える平野部だ。
平野部での戦闘は兵力差が大きく響く。
ここに魔王様を引きずり出す事こそ兵力で圧倒的に優る王国軍の作戦だ。
俺達はまんまとその作戦に乗せられたことになる。
ロムの城の北、東、南は切り立った崖だが西側だけが緩やかな斜面となっている。
城門も西側にあり、その前に深い堀を掘って西側からの攻撃に備えているが、一番攻めやすい面であることには変わりない。
王国軍はロム城の西側を中心に展開している。
魔王国軍はルセ平野に東側から入り、ロム城を囲む王国軍の東に軍を展開させた。
ルセ平野に展開する軍勢は王国軍が約一万五千、魔王国軍は魔王様自ら率いる主力約六千、城に籠るバラン麾下の兵が約五百だ。
一万五千対六千五百だ。
敵は三倍近い。
まともに当たると勝てる見込みはない。
魔王様は半神レネやドゥヴァン殿、バリン達と綿密に作成を立てていた。
できるだけの工夫を施すしかない。
魔王国軍は南北に長い陣を敷いた。
西に布陣する王国軍から見れば横に長い陣だ。
転生する前の世界でいう鶴翼の陣に近い。
通常は兵力差で優る軍勢が使う陣だ。
三倍近い軍にこのような陣で挑む理由は魔王様からは聞いてはいない。
「そなたらから聞いた召喚者達の話をもとに作戦を立てた」
とドゥヴァン殿からは不安になるようなことを聞かされた。
俺達は召喚者達との戦いについて、できるだけ細かく魔王様には話しているが、こんな戦場で役立つような情報があったとは思えない。
一体、俺達の話の何を参考にしたと言うんだ?
俺とフレッドは中央よりやや北側の部隊に組み込まれた。
魔王様直属の中央軍の右隣に位置する歩兵隊後方の遠距離攻撃部隊だ。
ンダギ、ブロウ、アランは俺達の前方にいる歩兵隊の中にいる。
仲間と近くにいるのは安心できる。
ヴィーラとソニアは中央軍後方で主に負傷兵の治療を行う部隊に配属された。
エミィとユキーナは中央軍の中心部、つまり魔王様や半神レネのような幹部達と一緒だ。
魔王国軍が展開すると王国軍も反応した。
ロム城西側の主力部隊の大半が城の包囲網から抜けて平野部に出てきた。
およそ一万。
こちらの倍近い軍勢だ。
「六千対一万か。順当にいけば敵の勝ちだな。」
フレッドはそよ風に自慢の金髪をなびかせながら平然と言った。
「わかっていたが、こうして見るとやはり厳しいな。」
「逃げ出すわけにもいくまい?」
「あぁ、魔王様もドゥヴァン殿も策はあるようだしな。そいつに期待しよう。」
「それにしても敵の布陣はかなり雑だな。」
フレッドの言う通りだ。
敵はこちらとくらべると雑としか思えないような布陣だ。
包囲網から抜けてきたのは三つに分かれた部隊だが、それぞれの部隊が先を争うようにこちらへ向かって移動してくると距離を置いたところで止まり、そのままだ。
「今日はこのままかな?夜襲がなければ…だが?」
もう午後遅く、日は沈んでいる。
かろうじて地平線の向こうに沈んだ太陽の残照で薄暗く見えている程度だ。
この時間の戦闘はかなり困難だろう。
「こないだろうな。夜襲か…なくもないだろうが、相手は大軍だ。奇策は講じまい。」
フレッドの言う通り、夜襲はなかった。
俺達は交代で見張りは立てていたもののぐっすり眠れた。
日の出と同時にフレッドに起こされた。
「敵が攻めてきたか?」
「違う。こちらが仕掛けるらしい。」
南側の中央軍が騒がしい。
「俺達は出ないらしいがな。中央軍の前衛部隊が出撃の準備をしている。俺達には迎撃準備の指示が出た。」
「と言うことは?」
「そうだ。出撃する前衛部隊は餌だな。つられて攻めてくる敵をこちらにおびき寄せる作戦だろう。仲間を起こそう。」
俺達は起きた者から順に他の者を起こして支度させるように指示を出した。
平野部にいるから、戦場を見下ろすことができない。
後方からだと様子がわからない。
後から聞いた話では、突出した魔王様直属の中央軍に属する騎兵隊が敵に攻撃を行ったようだ。
敵はまだ十分に迎撃の準備ができていなかったから、痛撃を加えたらしい。
敵が慌てて反転攻勢に出ると即座に騎兵隊は後退し、それを追って敵がこちらに向かってきたそうだ。
それと同時に中央の部隊が僅かに後退し、左右両翼の端にいた部隊が前進する。
因みにこの時、俺達のいた部隊は中央と端の部隊の間にいたから移動はしなかった。
ただ、俺達、遠距離攻撃の部隊には攻撃準備の指示があった。
逃げてきた騎兵隊はそのまま中央の部隊の中へ逃げ込んだ。
それを追いかけて逆に突出してきた敵の部隊は今ではV字型の陣形になっている魔王国軍に半包囲されている形になった。
この時点では俺にも戦況が見えるようになった。
俺は今ではV字陣形の右翼の中心部にいた。
目の前で罠にかかったことに気づいた敵軍が右往左往している。
その中心部に向かって稲妻の術を落としてやった。
特大の奴だ。
一気に魔力が減るが、俺が魔法を使えなくなったからと言って戦況に影響しない。
魔法使いは俺以外にもいるんだからな。
出し惜しみはしない。
フレッド達もここぞとばかりに矢の雨を降らせている。
敵は大混乱だ。
「トロール兵だ!」
誰かが叫んだ。
遠く、背の高い…
と言うより巨大な連中が突撃するのが見えた。
トロール兵だ。
遠距離攻撃で敵の混乱が激化したところに魔王様は虎の子のトロール兵団に突撃を命じたわけだ。
明らかにこの戦を決めにかかっている。
俺達の目の前でトロール兵団による殲滅が開始された。
身長十二フィートの巨大な兵達だ。
その体格に合わせて作られた斧槍を一閃すれば敵兵はどんどん薙ぎ倒されていく。
混乱状態だから尚更だ。
それどころかトロール達の出現でますます混乱している。
俺も追い討ちをかけようと次の魔法を唱えようとしたところで止められた。
俺の肩にポンと手に置いた奴がいる。
振り返ると俺達の部隊の指揮官だ。
バリンの部下の一人だ。
「今はまだ序の口だ。戦闘はもっと続くぞ。お前の魔法は頼りにしている。魔力を温存してくれ。それに…」
「それに、奴らへの攻撃はもう十分だ。」
隊長の言葉に反応したかのように目の前の敵兵が無秩序に後退していく。
フレッド達は遠慮なく追い討ちの矢の雨を降らす。
「矢はたっぷりあるからな。」
フレッドが矢がたっぷり入った矢筒を受け取りながらこちらにウインクしてきた。
俺もフレッドも戦争は嫌だし、無駄に殺したくはない。
だから、手柄を競うつもりもないから、今のは嫌味じゃない。
俺を落ち着かせようと皮肉を言ってくれただけだ。
敵が引き始めて、目の前の視界が広がると再び、戦況がわかるようになった。
敵は三隊に分かれているが、そのうちの一隊が挑発に乗ってやってきたわけだが、退却した部隊に代わって別の二隊から、それぞれこちらへ突出してくる部隊が見えた、
三隊はほぼ同数に見えたから次は倍の敵と見ていい。
「まだ、こちらの方が多いな。」
隊長が言った。
隊長によると敵の三隊はそれぞれ約三千、三隊で九千だからこちらの一.五倍だ。
しかし、最初に突撃してきたのはそのうちの一隊の一部だ。
隊長によると二千五百程だったという。
こちらの半分以下だ。
だから容易く撃退できた。
今回は二隊突出してきたが、隊長の目算では合計約四千程だという。
こちらの約三分の二だ。
まだ勝てるだろうという意味だ。
同じ展開を繰り返して俺達は二回目の突撃に耐えた。
二回目は流石にタフだった。
初回より多いからな。
俺も稲妻の術を三回、炎の玉を四回打ち込んでいる。
以前の倍以上の魔法が使えるようになっている。
悲しい話だが、戦争に参加して戦闘経験が続き、鍛えられてしまったんだ。
ありがたいが喜べない。
二回目の突撃隊が退却を始めたが、中央の部隊の前だけ戦闘が続いている。
敵の一部の部隊が魔王様に挑もうと粘っているんだ。
「なんだ?あいつら?」
「フフ。君達がよく知っている連中だろう。魔王様はこうなるだろうと仰っておられた。さぁ、行こう!」
隊長は俺達だけでなく、部隊全体に魔王様直属部隊の前で粘っている敵部隊の背後を突くよう指示を出した。
俺達のよく知っている連中?
なんだ?
中央の部隊以外の全部隊が敵の残存部隊の背後に殺到したが、すぐ隣だった俺達は一番早かった。
敵はかなり撃ち減らされている。
敵の背後からも敵の前衛の様子がわかるほどだ。
凄まじい戦闘だった。
俺の倍くらいの稲妻の術を落としている奴がいる。
更に二人、前衛で明らかに常軌を逸した強さの戦士がいる。
わかったよ。
そういうことか。
召喚者共だ。
ショウ、ヒカル、ユウだな?




