フレデリック=フィッツロイ
薬屋で皆はいつもの店の奥、トロール族達の席のお隣で飲んでいた。
フレッドと俺は少し離れた二人掛けのテーブルにいた。
フレッドはエールが並々注がれたマグ二つとブラドに来てから俺がハマっている葡萄の蒸留酒の瓶をドンっとテーブルに置いた。
いつもはエールかワインしか飲まないんだが、今日は蒸留酒に付き合ってくれるらしい。
マグとマグをガツンとぶつけた。
「二人そろって生き残れた悪運に。」
「城館を敵兵ごと崩しちまうイカれた魔法使い殿に。」
なんだよそれ?
頑張ってただろ?
ったく、フレッドらしいな。
「で?」
「うん?」
「とぼけるなよ。話をする為にわざわざ皆から離れた席にしたんだろ?」
「うむ。」
「で?」
「どこから始めるかな…」
「じゃあ、俺から聞いてやる。フィッツロイ家ってのがお前の家名なのか?」
思えば不思議なものだ。
フレッドとはもう六年も付き合いがあるのに、家名を知らなかった。
フレッドはフレッドだ。
仲がいいと家名とか関係ないんだな。
家名を知らないことに今頃気付いたよ。
「そうだ。俺はフレッド。フレデリック=フィッツロイって言うのさ。」
「アルデア人なんだろ?」
「あぁ。フィッツロイ家は滅んじまったアルデア王家の庶子の子孫なのさ。」
「アルデア王家の血を継ぐ家系が残っていたのか?」
統一の時代に各国の王家の血が途絶えたことをいいことにテルデサード王国が次々併合していったんだ。
正史には残っていないが、実は僅かな王家の生き残りも暗殺されたらしい。
だからどの国の王家であっても、その血統が残っているというのはかなり珍しい。
と言うより危険な存在だ。
「わかるだろ?そんな家系の者が代々アルデア騎士団の団長を務めてきたんだ。王国最強の騎士団か…そう言って煽てておいて、歴代の国王は騎士団を常に警戒してきたわけさ。」
なるほどな。
騎士達が必死に王家に忠誠を誓うのは謀反を疑われないためなんだな。
「ジェフロワ…覚えているか?」
「あぁ。あの偉そうな騎士だな?副団長だったか?」
「まったく。お前は片っ端から偉そうな奴で片付けちまうな?ジェフロワが偉そうに見えるのはむしろ人徳さ。そうだ。あの副団長といっていた騎士だ。」
「覚えているよ。」
「ジェフロワが団長代理をする前は俺の祖父が団長だったんだ。エリック=フィッツロイ。謀反の疑いでフィリップ王に暗殺されてしまった。」
「なんだって!?」
「本当さ。」
「それでお前は家名を隠して暮らしていたのか?」
「まあな。」
フレッドはエールに口をつけた。
俺は口を付けたなんてものではない。
蒸留酒をボトルのまま呷って、エールをぐびぐび流し込んだ。
アルデア王家の末裔、アルデア騎士団の団長、フィリップに謀反の疑いで暗殺…
話が大きすぎる!
飲んでしまうだろ?
「まぁ、落ち着いて聞け。」
フレッドの奴はいつでもクールだ。
だから格好いいんだ。
「ジャン王の時代、アルデア騎士団は安泰だったんだ。ジャン王はフィッツロイ家がアルデア王家の血を引く家系であることに警戒心を持たなかった。それどころかアルデア自治領の総督の地位を与えようと言われたこともある。俺の祖父は断ったがね。」
「流石ジャン王だな。」
「うむ。」
フレッドはまた軽くエールを喉に流し込むと続けた。
「しかし、ジャン王が崩御し、フィリップが王位に就いた。」
「実はフィリップによる暗殺だったわけだがな。」
「そうだ。実は俺の祖父もそのことを密かに疑っていたらしい。」
「そうなのか?」
「あぁ。それがフィリップの警戒心を刺激したらしい。奴は保守的だからな。そもそもアルデア王家の末裔が騎士団の団長を務めることすら不快だったらしいしな。」
「それで暗殺されたわけか?」
「そうさ。」
ソニアは両親と弟をフィリップに暗殺された。
そしてここにもフィリップに肉親を殺された男がいるわけだ。
「もっとも、もしかしたら俺の祖父は本当に謀反を画策していたのかもしれないがな。ジャン王に心酔していたそうだからな。フィリップに暗殺されたと確信すればな。」
「そう言えば。当時お前はどうしていたんだ?」
「俺は父親と一緒にアルデアにいたのさ。」
「父親は何をしていたんだ?」
「勿論、騎士さ。俺の父はセルディック=フィッツロイ。当時はアルデア騎士団のアルデア支部にいた。アルデア支部は騎士団の訓練所のような存在でな、まだ若かった父はそこで次代の騎士団長として修業中だったのさ。」
「それでお前はアルデアで生まれたんだな?」
「そうさ。俺は騎士見習いとしての礼儀作法や騎士の基礎教育を受ける為にアルデアのどこかで騎士の家に預けられる予定だった。祖父が暗殺されたのはその矢先さ。」
「で、どうしたんだ?」
「祖父の死を伝えてくれたのはジェフロワだ。ジェフロワは祖父の死をフィリップの暗殺だと断言した。それを聞いて父は逐電することを選んだんだ。」
「お前もいっしょか?」
「あぁ。二人で逃げたよ。ジェフロワは止めた。しかし、王都に行けば祖父同様に暗殺されるか、謀反の嫌疑で処刑される可能性が高いと父は考えていたな。」
フレッドによると、その後二人は素性を隠して旅に出て、父親はその途上で病死したらしい。
旅の間もフレッドは父から戦いの術は教わっていた。
騎士団に復帰することがなくても騎士としての修行は受けさせたそうだ。
しかし、フレッドがもっとも技倆を示したのは弓術だった。
息子の意外な、そしてずば抜けた能力に驚いた父は旅先で更にその能力を伸ばせる師匠を探した。
セルディック=フィッツロイも騎士としてある程度の弓術は持っていたが、息子の技倆を活かすには射手について教わる必要があると考えたそうだ。
そしてそれが息子のたつきの道になるだろうと。
そして、出会ったのがフレッドの妻アンナの父親だ。
アンナの父は有能な射手だったそうだ。
フレッドはアンナの父に見込まれ、その婿となった。
セルディック=フィッツロイも息子の行く末が決まり安心したのか、静かに息を引き取ったそうだ。
アンナの父もアンナもフレッド達の正体は知っていた。
そして、いつか捜査の手が伸びることを恐れ、フレッドは家族達と離れ、カサベラで一人暮らしていたわけだ。
オーク、ゴブリン、ドワーフやヒト族が共に暮らすあのカオスな町に。
「で?どうするつもりなんだ?騎士団に戻るのか?」
「その気はないね。」
「じゃあ、フィリップに復讐でもするのか?」
「いいや。先ずはお前達とこのブラドでやってくさ。フィリップの奴は大嫌いだけどな。」
「それでいいのか?」
「いいじゃないか?俺はお前らとつるんでるのが一番大切なんだよ。」
わかる気はするけどね。
「いつかまたアルデア騎士団に戦場で相まみえるかもしれないな。」
「その時はまた奴らに説教してやるさ。」
「なんだそれは?」
思わず吹き出してしまった。
食えない男だ。
相変わらず。
こうして俺はフレッドの生い立ちを初めて詳しく知ったんだ。
知ってみて思ったんだが、知っても何も変わらないってことだな。
何も変わらない。
「お二人さん!早くこっち来なさいよ!」
ソニアの声だ。
ンダギ、ブロウ、エミィも手を振っている。
ヴィーラにアランもいる。
「おい!今回の殊勲者の魔法使い殿!早く来い!」
バランが呼んでいる。
バリンもいる。
皆がいる。
俺はフレッドと肩を組んで皆に合流しに行った。
今夜は飲んじまうな。
これは。




