魔王との約束
話は少し遡る。
御前会議の直後のことだ。
王の広間から退出した俺達をジルワード殿が追いかけてきた。
「お待ちください。魔王様がお呼びです。」
ここでヴィーラ、ソニアとは別れた。
彼女達はルサールカという例のスヴァートエルフの女王様とお茶会だからな。
三人が笑いさざめきながら廊下を行く後姿を俺は美しい芸術品を眺めるような幸せな気持ちで見送った。
ヴィーラもソニアも胸の内には大きな不安や悲しみがある筈だが、ああやって笑っていられる女友達がいるんだ。
安心もしたし、幸せになるさ。
ユキーナも女子会に呼ばれていたらしいが断ったらしい。
魔王様とのお話の方が興味があるとのことだ。
それはそれで彼女らしい。
思えばユキーナは出会ってすぐはずっとノルデル伯と一緒でその話を聞き、アルフハイムに入ってすぐはなんとあのカレイドにまとわりついて話を聞き、神々の宿木にいる間もライオスエルフの諸侯にまとわりついていたらしいからな。
よほど話好きなんだろう。
俺達は王の広間とはまた別の部屋に案内された。
王の執務室らしい。
執務する為の大きな美しい机が置かれていたが、その机とは別に落ち着いて座れるソファがあり、そこに座るよう言われた。
ソファ以外にも椅子が追加で置かれているようだ。
俺達の人数は多いからな。
魔王様も入ってきた。
「固くなるな。寛いでくれ。」
魔王様は少し微笑を浮かべたが、あの激しく放出される力に圧倒されて寛ぐのは正直厳しい。
しかし、それなりに落ち着いて腰を掛けていられるのは魔王様の優しさのおかげだろうか。
「会議への出席ご苦労であったな。」
「あ、いえ。」
「さて、頼みがあるのだが…」
魔王様からの頼みとは魔王軍に加わってほしいとのことだった。
それは想定していたが、どう答えたものか。
俺達も何れはこの大戦に巻き込まれるだろうとは思っていた。
しかし、すぐに戦争に参加できる気持ちにはなれなかった。
人を殺したくない。
と言うわけでもない。
これまでも傭兵としての仕事で散々人を殺してきているからな。
初めはすごい抵抗があった。
殺人だ。
ゲームじゃないんだ。
異世界に転生したからと言って、相手を殺すのに躊躇いがなくなるわけではない。
しかし、傭兵となって仕事を受けてしまった以上、相手を倒さないわけにはいかない。
殺さずに任務が達成できるなら、そうしたさ。
実際に俺達は殺さずに済む相手は状況に応じて逃がしたり、捕虜にしてきた。
だが、例えば商人の護衛任務を受けて、本気で襲撃してくる盗賊達を殺さずになんとかできるわけはなかった。
いつしか人を殺す仕事にも慣れてしまった。
それは仕事だったし、相手は盗賊だ。
悪い奴なら殺しても良いなんて言わない。
それでも無抵抗な村を襲撃するような連中が本気で襲い掛かってこれば、こちらも容赦なくやるしかないんだ。
しかし、戦争にはどうしても抵抗感があった。
相手は兵士だ。
奴らに奴らの使命感があるだろう。
オークやゴブリンを惨殺するかもしれないが、それが国の為、国にいる家族の為と思っている奴らなんだ。
家に帰れば良き息子、良き夫、良き父親かもしれない。
言っとくが盗賊だってそれは同じだぜ?
ただ、明確な悪意を以って襲ってくる奴らに仕事で対峙するのとはどうしても違いを感じて、俺には躊躇いがあったんだ。
「そなたらは優秀な傭兵と聞いておるが、何も英雄になってくれと言っているわけではない。」
「私達は傭兵として盗賊討伐などをやっていただけです。戦場で、軍隊でお役に立てるとは…」
「召喚者だよ。」
「召喚者?」
「そうだ。召喚者だ。我々ヴァラキアの軍勢は幾度も召喚者達とその率いる軍勢に敗れている。誰もが召喚者と聞くと怖気づいてしまうのだ。」
なるほど、それはそうだろうな。
「そなたらは既に召喚者達と幾度も対峙して退けているそうだな?」
「いや…それは…」
冗談じゃない。
俺達は召喚者達に遭遇して、散々ひどい目にあって、なんとか逃げてきただけなんだ。
あの召喚者達と対等にやりあって勝ってきたわけではないんだ。
「悪いがそなたらのことは大々的に喧伝させてもらう。」
魔王様が少しばつの悪そうな苦笑を浮かべた。
この人、何気に酷いな。
「そんな…」
「そなたらがおれば、我が軍の士気も振るおう。それが何よりの力添えだ。頼まれてくれぬか?」
その後、もう少し魔王様と話をした結果、俺達は戦場に召喚者が現れた時のみ軍に加わり、それまでは戦場以外で何か手伝えることをすることになったんだ。
つまり、召喚者が率いる軍勢の出現は俺達が戦場に出陣するということになるのさ。
俺にはまだ覚悟ができていなかった。
あの時、魔王様は最後に言った。
「そなたらは自信を持って良い。」
「?」
「実戦経験だ。この三十年間戦争がなかった。我が軍の将兵もそうだが、王国軍も軍事調練はしているだろうが、本当の戦闘を経験した者はほとんどおらぬだろう。その点、そなたらは傭兵として幾度も死線をくぐってきた。その経験は大きい。その経験がそなたらを救うことだろう。」
魔王様は俺達の身を案じてくれていた。




