ヴァラキア魔王国の戦術
半神レネの命でジルワードが現状わかっている状況を説明した。
王国軍は北回廊海南岸の諸港に軍を集結しつつあるらしい。
兵数はおよそ三万程だと言う。
但し、王国にとっての常備軍である各地の衛兵の終結が遅れており、新規応募で集まった新兵が中心だという。
一部の軍勢は海を渡り、ヴァラキアの南に接するルーテシアに上陸しているらしい。
ルーテシアも王国の領土だが、ヴァラキアの隣国だけあって住人達はオークやゴブリンに好意的だ。
ルーテシアの締め付けから始めるだろう。
これらの情報は主にノルデル伯からもたらされたものだ。
ノルデル伯の王都の本拠地は急襲されたが、各地に配された情報網は健在のようだ。
もっとも王国の中心部ウェスタリア地方では締め付けが厳しく、思うように行っていないようだが。
次にスヴァートエルフ族からの報告で北西側の情報がもたらされた。
ライオスエルフの動向ははっきりと掴めないらしい。
ヴァラキアが王国と開戦となれば、すぐに王国と結んで攻めてきそうなものだが、今のところその気配がないらしい。
次に兵力の配置が話題になった。
ヴァラキアのオーク、ゴブリン、ヒト族がすぐに動員できる兵数はせいぜい一万程度だと言う。
既に農閑期に入っているから農民達を徴収することはできるが、動員には時間がかかるようだ。
トロール族はもともと人数が少ない上、彼らの住むエラン高原(通称トロール高地)は遠い。
トロール族の兵士は強力だが、期待できるのはもともとブラドの駐屯している五十人だけだ。
ルーテシアと接する南側に主力七千を集中させることになった。
これは当然だ。
王国軍はルーテシアを通ってやってくるんだからな。
問題は北西側、即ちアルフハイムとの国境地帯だ。
ライオスエルフの動きが見えない以上、一先ず、国境地帯にある要衝メルワスの塔に兵力を集中させることにした。
スヴァートエルフが動員できるのは千人程度だ。
このスヴァートエルフの軍勢に敢えて主力から兵を割いて派遣することになった。
これは兵種の問題だ。
エルフ族は皆、戦士としても射手としても一流だが、やはり魔法使いとして優れている。
魔法使いは強力で貴重な兵種だ。
ルーテシア側の軍団にも少しでも回したい。
一方でメルワスの塔の守備兵を魔法使いだけで固めても仕方がない。
戦争は魔法使いだけでは成り立たない。
戦士や射手も必要だ。
だから、主力から優秀な戦士や射手を派遣し、代わりにスヴァートエルフの魔法使いの一部を南の前線に送るわけだ。
西側への備えはほぼなしになった。
これは主に俺達の報告による。
俺達はアルベリッヒ上級王の御前会議でドワーフ諸王が中立を宣言したことを報告した。
「ドワーフ族の信義は信じるに足る。」
と言う魔王様の一言でアイアンブルクと接する西側の国境地帯は放置することにしたんだ。
東側はフィオナとの境目だが、フィオナは元々ヴァラキア魔王国の友邦だ。
最低限の兵力として五百人程を刺激しないように配置するだけにとどめることとなった。
その他、各地に最低限の守備兵を配置すると、魔王様の手元には最精鋭千人が残ることになった。
これだけで十分頭がいっぱいいっぱいだ。
この辺の地理に精通できていないというのが大きいな。
飲み物でも飲んでゆっくりと頭を整理したいと思っていたら、休憩になった。
ありがたい。
供されたよく冷えたワインを飲んでるとバランがやってきた。
「よう!兄弟!」
バランは乱暴にンダギやブロウと体をぶつけあって挨拶すると俺の方にも胸を向けてきた。
やめてくれ。
あんなの食らったら俺なら吹っ飛んでしまう。
なんなんだ?
あの挨拶?
オークの戦士達の風習なのかね…
俺はさっさと身を引くと、代わりに右手を差し出した。
「よう!転生者殿!」
バランは握手したかと思うとそのまま手を引っ張り、結局、がっつり体当たりされてしまった。
そうか、俺はこいつに転生者だってことを言ったのか。
飲みすぎで記憶がほとんどないから覚えてないや。
まぁ、いいや。
「お前ら俺のところにこないか?どうせ軍に加わるんだろ?」
バランは練兵場でンダギやブロウとやりあっているから実力を知っている。
自分のところに欲しがるのは当然だ。
けれど、俺達はすでにそのことについて話し合っていた。
何れ、戦場に立たないわけにはいかないだろうが、簡単には割り切れなかったんだ。
休憩が終わると話は少し大きな話題に移った。
外交だ。
「フィオナは一先ず友好を保つと返答がありました。東方及び南方の諸国からは一つの例外を除いてどこからも返答はありません。」
ジルワードが報告する。
ノルデル伯が王都から飛ばした第一報に接するとヴァラキアではすぐに各地へ使者を派遣したようだ。
フィリップはオークやゴブリンだけでなく、諸外国のことも嫌っていることは有名だ。
恐らく、使者を送っているとしてもヴァラキアに先んじられている事だろう。
悪くはない。
外交では先に重要な情報を送ってきた方が信頼される。
返答がないのは各国が値踏みしている最中ということだろうな。
「一つの例外を除いてと申したな?説明せよ。」
魔王様はきっと既に全ての報告を受けているだろう。
しかし、他の者達と共有する為に、こうして問うているんだ。
「はい。唯一の例外は…」
なんとなく俺達にはわかる気がした。
何しろ、カサベラが反乱を起こしているんだからな。
「ティロス王国です。」
やっぱりな。
ティロス王国はカサベラの南隣にある王国だ。
ティロス王国から東と南の国々を南方諸国と呼ぶんだ。
カサベラまでがウェスタリア地方になる。
しかし、いつでもカサベラがウェスタリア地方に属していたわけはない。
傲慢の時代にはコルトーニア帝国というのが勃興してティロス地方を含む南方地域で勢力を持ち、ウェスタリア地方南端のカサベラまでも領土に収めてしまった。
カサベラは当時から栄えた交易都市だったからコルトーニア帝国は帝都をカサベラに移している。
やがて、コルトーニア帝国の衰退とともにカサベラは南方国家の支配から離れ、最終的にはウェスタリア地方を統一したテルデサード王国の一部となるわけだが、自らをコルトーニアの末裔を以って任じているティロス人達にとってカサベラは取り戻すべき町なんだ。
「やっぱり奴らか…」
ブロウが忌々しそうに呟く。
理由はある。
ティロス王国はカサベラを自分たちのものとしたいから、カサベラの国力を削ぐ為に密かに自軍の兵士を盗賊に変装させて時折カサベラ周辺の土地で略奪をさせている。
俺達はカサベラで傭兵をやっていたから、依頼で商人の護衛をしているとそんな連中と出くわすことがあった。
盗賊に化けているとは言え、中身はれきとした国軍兵士だ。
強い。
しかも、殺されて証拠を残してしまえば国に迷惑をかけるから必死でやってくる。
厄介なんだ。
まぁ、バレバレなんだがな。
だから俺達はティロス王国があまり好きじゃない。
ブロウが毒づくわけだ。
もっとも、カサベラにもティロス人は大勢いて、仲良くやっている。
国と国になると面倒な話なるんだ。
そんな訳だ。
今カサベラが反乱すれば、どう考えてもヴァラキア側だ。
自分達もヴァラキア側についてカサベラに援軍を出し、どさくさに紛れて自分達の領土にする目論見だろう。
不純な動機だが、今はヴァラキアにとっては貴重な同盟国だ。
しかし、俺達はますますカサベラのことが不安になってしまった。
カサベラがティロス王国に奪われれば、テルデサード王国は全力で奪い返すに違いない。
交易都市カサベラの価値は大きい。
カサベラの争奪戦で街が荒れるのはごめんだ。
「南方諸国には再び使者を…」
俺達の憂鬱を外にジルワード殿の話は続く。




