憂鬱と悲しみ
俺達はぶらつきに飽きるとプロムナードのベンチに腰掛けた。
買い物の興奮から覚めて、二人とも静かになっていたが、特にヴィーラの顔は憂鬱で曇っていた。
ヴィーラが悩んでいることはわかっていた。
あんなことがあって、もうアルフハイムには戻れまい。
事実上、ヴァラキアに亡命したも同然だ。
そうなると気がかりなのが自分の王国や臣民と緑の党のことだ。
緑の党のことは特に気がかりに違いない。
俺もメルヴェルのことがあって以来、他人ごとに思えなくなっている。
神々の宿木で緑の党の大半が捕縛されてしまったが、まだ各地に残っている残党がいる筈だ。
やがては彼らにも追及の手が伸びるであろうが、ヴィーラに彼らに警告したり救う手立てはない。
王国のことも心配だろう。
王国の統治は恐らくカレイドが任されるだろう。
民についてはカレイドもおかしなことはすまい。
これまでも実質、自分で治めてきたんだ。
問題はディアリン達だ。
彼らは緑の党の党員だ。
ディアリンが緑の党の党員であることはカレイドにもバレているだろう。
ディアリンか…
俺も心配だ。
友達だからな。
「さて!そろそろ店に行くか?ンダギ達との約束は日暮れ時だろ?」
俺はそう言って立ち上がった。
ヴィーラに安い慰めは逆効果だ。
俺はこんな時にどう言ってやれば良いかなんてわからない。
だから余計なことを言って余計に傷つけるよりも、普通にふるまって、彼女の背中を押してやることにした。
ンダギ達と騒いでいれば、メルヴェル達を犠牲にしてでも自分がなそうとしていることの尊さをまた思い出すさ。
それが慰めになるのか、更なるプレッシャーになるかはわからない。
けれど、ヴィーラが強い奴なのは間違いないからな。
『薬屋』の店名はその名の通り、ここは薬屋だからだ。
薬屋が夕方から酒場に変わるんだ。
だから、店に入ると薬の売買をする売台がすぐ横にあり、店内の壁にはぎっしりと薬の瓶や缶、壺が並んでいる。
ソニアが選びそうな店だ。
とは言え、そこは酒場だ。
輝く角笛亭や眠る仔牛亭と変わらず、客がざわめき、うまい酒や食事が充満している。
輝く角笛亭同様に色々な種族の客がいる。
異様なのは店の反対側に巨大な扉があり、その付近には他の人間達では使い物にならないような巨大な卓と椅子が配されていることだ。
トロール族の為のものであることは明確で、実際に衛兵と思しきトロール族が数人いた。
俺たちの席はこのトロール族の席のすぐ近くだった。
そこは店の(トロール族以外の)入り口から見れば一番奥で天井まで届く薬瓶を収めた棚で埋め尽くされた壁際だ。
大柄なオークが大勢の仲間と気勢を上げていた。
俺達もどうせ騒ぎ出すからそのうるささは気にしないことにした。
先にンダギ、ブロウ、アラン、フレッド、エミィがいた。
さすがにノルデル伯をお誘いするのは憚られた。
ずっと一緒に旅をして気の置けない関係ではあるが、身分の高い人だからな。
気軽に市井の酒場には誘いづらい。
ふと、ヴィーラとソニアの方を振り向いた。
そう言えばこの二人は女王様と王女様なんだよな…
既にンダギ達は食事を始めていた。
テーブルに並ぶ食事を見るにヴァラキアは肉と野菜を煮込む料理が多いらしい。
特にチーズやヨーグルトなどの乳製品を使ったものが多い。
転生前の世界と同じで東方社会と繋がりのある地域は遊牧民の文化から影響を受けているんだ。
前に東方の帝国との関わりについて話したが、帝国との繋がりは遊牧民を介してのものだったそうだ。
特にヴァラキアの東の隣国フィオナは東方から来た遊牧民の末裔と言われている。
フィオナはウェスタリアで手に入る地図の外にある国だが、国名くらいは俺でも知っている。
どれもうまい。
酒はワインばかりだ。
一応、大麦の蒸留酒がないか聞きはしたが無駄だった。
ただ、素晴らしい酒があった。
ブドウの蒸留酒だ。
ブランデーじゃないか!?
いいね!
俺はそいつを呷った。
うまい!
俺達はすぐにバカ騒ぎを始めた。
ンダギとブロウが率先して大声を出した。
勿論、アランとの剣技談義だ。
二人は口が悪くても、礼儀はわきまえているからかなり遠回しだったが、アラン以外のヴァラキアの兵士達は練習相手としては物足りなかったようだ。
ンダギはご機嫌でヴァラキア独特の剣技を如何に自分の剣技に取り入れるつもりかを馬鹿笑いしながらご機嫌で語っていた。
ブロウはそんなンダギが慣れない戦い方をして不格好にずっこけた話を盛りに盛って笑い話にして大声で語った。
ンダギは顔色を変えて否定したが、ブロウがアランに問いただすとアランは素直に頷いた。
これには他の全員が抱腹絶倒で笑いこけた。
ンダギも大爆笑している。
俺は知っている。
未だにンダギが心の中でンダガの死を引きずっていることを。
ンダギ、ンダガ兄弟は親も誰かわからない生い立ちだ。
だからこそ自分達の同胞達の国、すなわちこのヴァラキアに行くことを元々夢見ていた。
きっとンダガも連れてきたかっただろう。
だが、こうして自分は今ヴァラキアに来て、当地の剣技を学び、仲間と笑いこけている。
ンダガの事を心から愛している仲間達と。
魔王様はンダガを正式にヴァラキアの正史で英雄として扱うと約束してくれた。
できることはやったんだ。
奴なら立ち直れるさ。
俺達が飲んでいると隣で気勢を上げてた大柄なオークが話しかけてきた。
「よう!盛り上がっているな。こちらと合流しないか?食事も酒もたんまりあるぜ!」
俺はすでに見事に酔漢と化している仲間たちの方を振り返った。
皆、賛成のようだ。
特にンダギは楽しみのようだ。
大きく頷いている。
俺もンダギにはこちらのオーク達と少しでも交流してほしい。
「あんた、練兵場で兵士達と手合わせしたと言ったな?」
「あぁ、ここにいるアランに連れてってもらったんだ。遊んでるだけではなまっちまうからな!」
「それでほとんどの兵士達に勝っちまったと?」
おいおい。
こいつらヴァラキアの兵士達じゃないか?
だとしたら、ンダギは馬鹿にするような発言はしてなかったが、アラン以外に全勝したことを大声でまくし立てていたからな…
厄介ごとはやめてくれよ。
「いや。そうでもないぜ。」
ブロウがニタニタ笑っている。
「ヴァラキアの兵士は俺達から見れば独特の足さばきをするだろう?あれを真似しようとしてずっこけて、一番新米の兵隊さんに見事な一撃を食らって、こいつヒィヒィ泣いてたんだぜ!」
蒸し返すなよ。
まぁ、この場合は良いフォローだけどな。
ンダギがぶすっとした表情をする。
「あれは練習だ。先に断っていただろう?」
「戦いに練習も本番もあるものか!」
ブロウが馬鹿笑いしながらやり返す。
それに乗って大柄なオークも笑い出した。
「わはは!あんたらテルデサード王国から来たんだろう?王国から来たならいきなり俺達の足さばきは難しいだろう。」
良かった。
場が和んできた。
「すぐに体得してやるさ!明日も練兵場に行くぞ!アラン!」
アランは黙って頷いた。
「あんたらもどうだ?ここの兵隊さんとお見受けするが?」
ブロウが大柄なオークに話を振った。
「すまんな。俺はしばらく忙しくてな。毎日は行けん。ここにいる若い連中は今日は非番だったが、明日から半分は練兵場だ。揉んでやってくれ。」
引き連れている若手のオーク達に顔を向けた。
「お前ら、こちらの御仁はなかなかの手練れのようだぞ。ヴァラキア兵の誇りにかけて無様な試合をするなよ!」
そう言うと豪快に笑った。
ンダギ、ブロウも一緒だ。
「そうだ。まだお互い自己紹介もしていなかったな。」
「確かにな!俺はバランだ。よろしくな。」
差し出された右手を俺は握り返した。
「俺はダンカン。ダンカン=マカリスターだ。」
お互いに皆が名乗りあった。
「魔法使い様か、格闘戦はやらないんだろうが、あんたらも良かったら練兵場に来てくれ。ここにいる連中が歓迎するぜ。」
「ありがとう。少なくともここの三人はこれからも毎日のように顔を出させてもらうと思うよ。」
当然だとばかりにンダギとブロウがニタリと笑った。
ふとさっきから大人しいヴィーラとソニアの方を見ると、妙な表情をしている。
なんだ?




