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転生者なんて負け組だ  作者: 荒野旅人
第三章 ヴァラキア編

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ブラドでお買い物

思えば魔王様の謁見からのブラドで過ごした数日こそが、一連の怒涛のような日々の中で唯一の安息の時だった気がする。

その日の朝、半神レネの執務室で話し込むソニアを見つけた。

話に割り込むようで申し訳なかったが、ソニアは興奮気味で途切れなく半神レネに話しかけているのでキリがなかったんだ。

「ソニア?お話し中に恐縮なんだがな…」

「何よ。私、お父様とお話ししているのよ。」

うん。

一方的に話しかけているのはずっと見てたよ。

「ヴィーラが呼んでるんだ。一緒に街に出ないかって。」

「ヴィーラが街に?」

「ああ、なんでもお友達が来るからお菓子でも買っておかないかって…」

「わかったわ!ルサールカね!わかったわ。すぐ行くと伝えておいて。あなたも一緒に行きましょう。」

「いや、俺はせっかくだからこっちの魔法…」

『について書かれた書物を借りて読みたい』と続けるはずだったが、ソニアの満面の笑顔には『お前に拒否権はない』と書かれていた。

ふとレネを見ると驚いたことに頷いた。

『娘を連れて行ってやってくれ』なのか?

未だにピンとこないがレネは本当にソニアの父親代わりのようだ。


「なぁ、ルサールカって誰なんだ?」

俺達はドルパツァ川沿いのプロムナードに沿った通りを歩いていた。

通りの右手は黒を基調とした落ち着いた町並みだ。

どんよりとした初冬の曇り空の下、陰気に見えそうなものだが、不思議と鉛色の曇天をバックに黒く光る家並みはくっきりと映えて見えた。

美しいな。

反対側は前世のパリやロンドンの川沿いと同じような美しいプロムナードだった。

ベンチまである。

これはジャン王の勧めでレネが整えたものという。

今ではオークやゴブリン、ヒト族の子供達が歓声をあげて走り回り、親達はそれを眺めながらベンチで休んでいる。

「スヴァートエルフの女王よ。」

ヴィーラが教えてくれた。

「私達の友達なのよ。」

ソニアが付け加えた。

ライオスエルフの女王様、スヴァートエルフの女王様、ヒト族の王女様…

すごいお友達グループだな。

そのお友達がブラドに来るから、三人で楽しむお菓子やお茶を買いに行こうというのがこの街歩きの目的だ。

俺はお供に誘われたに過ぎない。


ンダギとブロウはアランの案内で衛兵の練兵場に行ってしまった。

それにアランがかなりの手練れと聞いて手合わせを申し込んだようだ。

こちらの兵士達とも手合わせをしたいと言っていた。

フレッドは魔王様からもらったヴァラキア製の弓矢を持って、らしくないほど興奮気味でやはり練兵場の弓場に行ってしまった。

昨夜はヴァラキア製の弓矢はかなりの遠くを正確に打ち抜けるんだと熱く語っていたからな。

エミィはブラドにいる親戚を訪ねて行った。

ユキーナは早速、宮殿内の人々に片っ端から話を聞いて回っている。

相変わらず、話好きな奴だ。

そんなわけで俺だけが暇を持て余していたんだ。

いや、俺だってこちらの魔法を研究したかったんだけどな…


ブラドの町は美しいだけでなく、文化も進んでいた。

例えば二人が行こうとしているお菓子屋やお茶屋の存在だ。

お菓子屋はクロンドロイの町にもあったが、貴族向けの店だ。

庶民が買いに行けるような店ではなかった。

カサベラではお菓子屋というよりは駄菓子の類の素朴な郷土菓子を焼いて売る屋台があったくらいだ。

もちろん、それなりの菓子はカサベラにもあったが、職人は富裕層の雇われが多く、庶民の口に入る機会はあまりない。

俺は魔法使い協会の特別な晩餐で多少食べる機会はあったが。

お茶に至ってはウェスタリア地方でお目にかかることがまずない。

さすがにブラドの町でもお茶は珍しい、貴重品だった。

遥か東方からの交易品だそうだ。

こちらの世界でもお茶は東方世界からもたらされたようだ。

俺は前世の世界のお茶の話をしてやった。

「この世界と似ているのね。ブラドで手に入るお茶は東のミカラやソウラからの来るものだけど、そのもっと東には私のような黒い髪に黒い瞳の人たちの国があって、そちらが原産と聞くわ。」

「遠いのかい?」

「少なくともその地域の人がヴァラキアまで来ることは滅多にないわね。でも昔、東方に強大な帝国が栄えた時代にその地域の人がこの辺りまで来ていたそうよ。『傲慢の時代』の話ね。」

「そうなのか?」

前世で言えばモンゴル帝国のようなものか?

「ええ。私の祖先よ。」

「?」

「テルデサード王国はその時代、今より小さな王国だったけれどクロンドロイから北方の沿岸地域を治めていて、海を越えて今で言うところのルーテシアのごく一部を領土にしていたの。でも本国から離れていたその地の支配を維持するのは厳しかった。それでも少しでも東に領地があれば東方との貿易ができたから王国としてはどうしても守りたかった。そこで当時の王様はその東方で強大な力を持っていた帝国の女性を妃にしたのよ。」

「ほう!」

すごいなぁ!

知らなかったな。

一度勉強してみよう。

面白そうだ。

「それ以来、テルデサード王国の王家ではごく稀に私のような黒髪、黒い瞳の人物が生まれるのよ。」

歴史ロマンだなぁ…

ブラドで売っているお茶の大半はどちらかというとブレンドティーだった。

純粋なお茶は高すぎるからな。

相性の良いハーブと混ぜてかさ増しするわけだ。

それだけにバリエーション豊富でお茶屋はなかなかの品揃えだった。

ハーブティーならテルデサード王国でも飲まれている。

俺もカレドニア時代から飲んでいた。

もっともカレドニアで飲んでいたハーブティーは野原に自生している香りのよい草花を家で乾燥させて作ったごく素朴なものだったが。

店に並ぶ茶葉の香りを嗅いではかしましく盛り上がる二人の横で俺も香りを楽しませてもらったが、大したものだ。

どれも買って帰ってお茶を入れたくなった。

明らかにテルデサード王国よりも品質が優れている。

しかも二人の話では庶民でも手が届く価格だという。

ブラドの生活レベルはかなり高いようだ。

二人が選んだお茶をゴブリンの店主から買う時、俺が選んだ茶葉も一緒に買ってもらった。

フレッドやンダギ、エミィ達にも飲ませてやろう。


買い物を済ませた後は三人で街をぶらついた。

通りの向こうから恐ろしく大柄な衛兵が歩いてくるのが見えた。

いや、大柄なんてものではない。

巨大といったほうがいい。

どう考えても通りを行きかう人々の倍の大きさだ。

ブラドの街だ。

通りを行きかう人々はオーク、ゴブリン、ヒト、ドワーフ、ノームとカサベラのように多種族がいる。

その中でもあまりの巨大さと異様さで目立っていた。

「トロール族の衛兵ね。」

ソニアが教えてくれた。

トロール族は身長が凡そ十二フィート(およそ三.六メートルだ。)はあるそうだ。

通りの向こうから来る衛兵もそれくらいはありそうだ。

長い毛が垂れてややうつむいた顔はよく見えない。

少し猫背の上、手が長く地面に届きそうなくらいだらりと下げていた。

その手には通常の人間では到底扱えないような斧剣を持っていた。

見るからに凶暴そうで、こんな連中が町中を歩いていて良いのかと思わされたが、よく見ていると無造作に手にしている巨大な斧槍が通りを行きかう人々に当たらないように気を付けていた。

「彼らはあなたが思うよりも思慮深く、温厚なのよ。」

俺の心を読んだかのようにヴィーラが教えてくれた。

確かに数人のゴブリンとホブゴブリンの子供達がまとわりつくようにまわりを歩いていたが、斧槍が彼らに触れるようなことはなかった。

あの巨体であの黒い鎧を着た衛兵がいたら子供達からは人気者だろうな。

なんだか転生前の世界のアニメに出てくるロボットの兵士みたいだ。

聞けば、五十人ほどのトロール兵が衛兵としてブラドに常駐しているそうだ。

あんなのがうろついていたら否が応でも治安が良くなりそうだ。

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