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転生者なんて負け組だ  作者: 荒野旅人
第四章 最後の戦い編

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アイセンブルク

「じゃあ、行ってらっしゃい。本当に気をつけるのよ?何かあってソニアを悲しませたら許さないわ。」

ルサールカがアイセンブルクの門前で見送ってくれた。

俺達が彼女の王国に入るや否やスヴァートエルフの見張りは彼女に報告したらしい。

ルサールカは馬を走らせて途中で合流してきた。

俺は馬を走らせたまま事情を話した。

「わかったわ。じゃあ、私達について来て。アイセンブルクの門まで一番早く行ける道を案内するわ。」

ヴィーラもある程度メルクハイムの森の道を知っているから、それなりに早い道を選んでいたが、流石はこの国の女王様だ。

更に近道を案内してくれた。

半日近く時間を稼げた。

ルサールカと別れの挨拶をしている間に背後で彼女の家臣がドワーフ達に開門を求めてくれていた。

俺達が振り返った時にはアイセンブルクの門が開き始めていた。

「ありがとう。ルサールカ。」

ヴィーラはルサールカの親友だ。

本当はルサールカも加わりたかったらしいが、今、彼女の国はアルフハイムの軍勢と交戦状態だ。

流石に女王自らこんな冒険に参加するわけにはいかない。


アイセンブルクの中もワッサーブルクに似ている。

暗い。

時折、採光窓から差し込む光がまぶしい。

道は平坦で馬達も歩きやすそうだ。

本当はもっと速度を上げたいんだが、徒歩のドワーフ衛兵に先導されているからな。

彼等にあわせるしかない。

ここは少し馬を休ませると思って、馬を降りて歩いた。

ドワーフの門番に至急の要件だと伝えてある。

グンナル七世王のもとへ急使を走らせてくれた。

暫くすると向こうから乗馬したドワーフ衛兵がやってきた。

身なりが他の衛兵よりも少し凝っている。

王直属の衛兵らしい。

彼等は乗馬してついてくるように言った。

俺達は再び馬に跨るとここまで案内してくれた衛兵達に礼を言って、馬を走らせた。

馬達には少し悪いな。

短い休憩だったな。

ドワーフはヒト族ほどではないが乗馬の習慣がある。

だから地下のドワーフ王国にも馬が走るのに適した回廊がある。

そういった回廊の地面は石畳ではなく良く均されたダートだ。

ドワーフ王国の強みは地形に影響されることなく真っ直ぐに掘り抜かれた地下道を使った移動速度だ。

これまでの大戦でも、アイセンブルクとワッサーブルクに張り巡らせた地下道を使って最速で兵団を移動してきたんだ。

時間がない今回はこれほどありがたい道はない。


「申し訳ないのですが、ここで馬を降りてください。」

先導していた騎馬衛兵が自らも馬を降りながら言った。

「少し騒々しい道なのですが、こちらを徒歩で行く方が我らが王の広間には早いのです。」

その場に待機していた別のドワーフ衛兵が轡を押さえる。

俺達は再び馬から降りるとドワーフ衛兵に馬を預け、足早に今では徒歩の人となった騎馬衛兵の後をついていった。

それはこれまで馬を走らせていた比較的広い騎馬道から脇に入った狭い路地だった。

いくつかの岐路を右、左と進んでいく。

暫くして気付いたが確かに直線的に進んでいるということだ。

道なりに行けば別の方向に進んでしまうところで、都度、向かっている方向への道を選んでいるようだ。

狭い路地の連続だが、確かに近道なのかもしれない。

やがて、どこから妙な音が聞こえてきた。

カン、カンという音だ。

シューッという何か蒸気を思わせる音も混じっている。

道の先が少し明るくなってきた。

妙な明るさだ。

陽光ではない。

もっと赤い光だ。

「本当に騒々しいのですがご容赦ください。」

先導する徒歩の騎馬衛兵が断ってくる。

確かに騒音が徐々に大きくなってきた。

そして路地の先が細いアーチ状の門になっているのが見えてきた。

その向こうに赤い光が見えた。

路地の突き当りにある細いアーチを抜けるとそこは地底の深い渓谷の底だった。

地底であることは間違いないんだが、天井が見えないほどはるか上まで空間が広がっている。

狭いフィヨルド地形の底のように左右に急峻な斜面がずっと上まで続いている。

谷間の底は転生前の世界であれば石垣以前の土の城で見受けられる薬研堀のような鋭い谷底だった。

そして、圧巻なのは左右の斜面が全てドワーフ達の鍛冶場で埋め尽くされていたことだ。

この鍛冶場での騒音が聞こえていたんだ。

鍛冶炉から漏れる灼熱の炎の光、炉から取り出された真っ赤な鉄、金床に槌が打ちつけられる度に迸る火飛沫…

左右に壁のように迫る急な斜面を見渡す限り埋め尽くす無数の工房から放たれるこれらの赤い光が無数に広がり、まるで満天の星空が全て赤い惑星で統一されたかのような景観を呈していた。

このどこまでも続く真っ赤な空間で鍛えられる無数の鉄こそがアイセンブルク(鉄の城塞都市)の由来だそうだ。

アイセンブルクにはこんな鍛冶場の集まる街区が他にもいくつかあるらしい。

他のドワーフ王国にも同様に鍛冶場は無数にあるが、アイセンブルクの鍛冶場はワッサーブルクとファイアーブルクを足したよりも更に多くの鍛冶場があるそうだ。

この無数の鍛冶場に囲まれた谷底の細い道を抜けてまた別の路地に入っていった。

これは確かに馬では無理だな。

槌音を背に再び暗くなった道を進んだ。

いくつかの路地を経由して、広い道に出た。


そこはワッサーブルクで言えば星々の回廊に相当するアイセンブルクの主要な回廊だった。

星々の回廊も見事だったが、こちらも度肝を抜くような見事で精巧な装飾を施された回廊だ。

側面の壁があるのかわからないくらい広い回廊の向こうに俺はとんでもない巨大な炉でもあるのかと思った。

何故なら遥か向こうの回廊の側面ではメラメラと燃える火炎が見えたからだ。

しかし、それが火炎ではなくドワーフ細工によるものだと気づいた。

どうやら鏡を利用して上方の採光窓からの光を回廊の両側面の下方へ導き、赤やオレンジ、青の水晶をモザイクガラスのように組み合わせた壁の向こうから照らしているらしい。

それが回廊の両側面に炎の壁があるように見せているんだ。

恐ろしくも美しい回廊だった。

回廊を進むにつれて両側面の装飾は変化し、今度は無数の火飛沫が迸っていた。

ワッサーブルクの星々の回廊と同じ原理だ。

無数の赤い水晶を壁に埋め込み、その向こうから光を通しているから、まるで火飛沫溢れる壁に見えるんだ。

やがて、回廊は赤い世界から冷ややかな鏡面の世界にかわった。

回廊の両側に林立する柱も遥か向こうに見える側壁もすべて鏡面だ。

金属鏡ではなさそうだ。

ドワーフ達にも精巧なガラス細工の技術があるようだ。

ガラスに錫や銀を塗布する技術なら彼等の得意分野だろう。

完璧な美しい鏡面の世界だ。

そして冷たく青い水晶を通した光を反射させた鏡面の世界は鍛え抜かれ、完璧に精製された鉄を表していた。

これこそアイセンブルクが世界に誇るドワーフの鍛冶場回廊だ。

そして冷たい鉄の世界の果てには巨大な扉があった。


俺達が近づくと扉が開く。

その向こうがグンナル七世王の王の広間だ。

王の広間もドワーフ王国の技術の結晶だった。

そこは奈落の底まで続くクレバスの中だった。

鉄と水晶とガラスを組み合わせた不思議な橋が暗闇の中に架かっていた。

採光窓から光が橋だけを照らし、暗闇の中に光の道が続いているように見えるんだ。

その先にグンナル七世王の玉座があった。

鉄を被せた床が広がる広間にやはり鉄製の階段があり、階段を上った先にグンナル七世王とスリン王がいた。

独自の国を持たず、各地のドワーフ王国でドワーフ達に交じって暮らすノーム族の王であるスリン王はアイセンブルク、ファイアーブルク、ワッサーブルクの全てに居館を持っているそうだが、最も長く過ごすのはやはりドワーフ宗家の王国、アイセンブルクだそうだ。

シンプルだが威厳のある鉄製のグンナル七世王の玉座の横に一回り小さい玉座があり、そこにスリン王がいた。

グンナル七世王はいつもより軽装だ。

俺達が近づくと二人は立ち上がって出迎えてくれた。

俺の知る限り王様ってのはこんな態度を普通はとらない。

よほどの賓客であるか、歓迎されている時のふるまいだ。

立ち上がったグンナル七世王の腰には恐ろしく武骨な戦斧が吊るされている。


「よく来たね。」

スリン王が穏やかだが、どこか冷たさを湛えた独特の笑顔で声をかけてくれた。

そして静かに自分の玉座に腰掛けた。

「用を聞こう。」

いつもの怖いくらい落ち着いていて、重いくらいの威厳を漂わせているグンナル七世王が立ったまま、性急に聞いてきた。

「グンナル七世王殿、スリン王殿、突然の来訪をお許しください…」

「良い。要件を述べよ。」

ヴィーラの挨拶を遮るグンナル七世王はいつもとは様子が違う。

傍らのスリン王はやや呆れた表情で肩をすくめて見せた。

ヴィーラもグンナル七世王の様子を見て、手短な説明に切り替えた。

「神々の宿木に行きます。時間がありませんの。どうかドワーフ王国の地下道の通行許可をいただけませんか?」

「何の為に神々の宿木へ行くのだ?」

「巨神兵を止める為。神々の干渉を断ち切る為です。」

ヴィーラももったいぶらずに単刀直入に答えた。

「ほう?」

明らかにグンナル七世王が興味を持った。

ヴィーラはできるだけ簡潔に説明した。

俺達の目的、神々の門破壊のことを。


「それで巨神兵を…アルベリッヒの暴走を止められるのだな?」

「あくまで想定です。しかし、レネ様も同じように考えておられますし、魔王様も賛同されました。」

俺も口を挟んだ。

グンナル七世王の沈黙と思索はほんの一瞬だった。

「良かろう。」

「?」

「通行の許可を与える。それだけではない。最短の道で最も早く行けるよう案内をしてやろう。」

「ありがとうございま…」

礼を言うヴィーラの言葉が終わるのを待たずにグンナル七世王が被せてきた。

「但し、条件がある。」

「?!」

「儂も連れていけ。」

スリン王が顔に手を当て、天を仰いだ。

俺達は絶句した。

グンナル七世王を連れて行くだって?

俺達は急いでいるんだが…

俺の心を読んだかのようにグンナル七世王は続けた。

「もう旅の用意はできている。」

王座の後ろから背嚢を取り出した。

どうやら旅の用意らしい。

そして来ている服の端を少しめくって見せた。

鎖帷子がのぞいた。

そして、腰の戦斧を掌で叩いて見せた。

戦う準備もできているというわけだ。


俺達はすぐに王の広間を出た。

グンナル七世王も一緒だ。

どうせ条件を飲まなきゃ通行許可はもらえないんだ。

わかりました。

としか答えようがないだろう?

「儂が神々を…いやアルベリッヒを止めてやりたいのだ。」

そう語るグンナル七世王の決意は固い。

グンナル七世王は中立の立場を破ってまで、アルベリッヒによる神々の干渉を止めようとしたんだ。

それこそがドワーフ族なりのエルフとの間に結ばれた『古い同盟』の守り方なんだ。

ドワーフ族の信義は彼等が鍛える鉄よりも固い。

説得するなんて無理だ。


グンナル七世王を先頭に再びドワーフの鍛冶場回廊を歩き始めた。

やがて側廊から別の道に入るとそこは床がダートの騎馬道だった。

そして、そこには馬が用意されていた。

俺達の馬もだ。

馬の数が多い。

もしかしたらグンナル七世王の家臣が数人付いてくるのだろうと思っていたが、替え馬だそうだ。

驚いたことにグンナル七世王は家臣を伴わず自分一人でついてくるという。

馬の轡を押さえていたドワーフ衛兵達やいつのまにか集まってきた王の廷臣達は一様に不安そうな顔をしていたが、黙って出立の準備を手伝った。

どうやら、こんな時のグンナル七世王に逆らえる者はいないらしい。


ドワーフ王国の騎馬道を進む旅は快適だった。

暗いから心配になるが、グンナル七世王からは特に指示がない限りまっすぐ進めと言われた。

馬達は暗闇の中でも躊躇はないようだ。

意外と素直に進んでくれる。

寧ろ、先頭を行く先導役のドワーフ騎馬衛兵やグンナル七世王の馬に従順について行くので、普段よりも操る必要ないような気がする。

そう言えば馬を驚かせないように遮眼革を付けることがあるからな。

完全に視界を覆う深い遮眼革を付けることだってある。

ヘイローを船に乗せて北回廊海を渡った時もそいつを付けた。

臆病で神経質な馬にとってはこんな暗闇の方が良いのかもな。

よく訓練させた選り抜きの名馬だってこともあろうけど。


道は途中で二度、外に出た。

それは山中にある深い谷底だった。

そして最後に再び地下に入った時、『今、ワッサーブルクに入った』と教えられた。

俺達はかなり馬を急がせていたが、先頭の騎馬衛兵が更に速度を上げて先に行った。

「一応、ロフトの奴に報せておかんとな。あいつは細かいことを言う奴だからな。」

一国の国王ともなれば、例え宗家の王であろうとも隣国の王が勝手に自領に入ってこれば一言は言いたくなるだろうに、グンナル七世王からはひどい言われようだ。

勿論、冗談なんだろう。

グンナル七世王といえば威厳に満ちた厳かなイメージしかなかったが、この冒険に高揚しているのかこんな軽口も聞く。

もしかしたら、本来はこんな人なのかもしれない。

騎馬道にはある程度の間隔をおいて馬の水場が用意されていた。

俺達が馬に水を飲ませ、替え馬に乗り換えようとしているところへ、ロフト王が家臣を連れて馬で駆けつけてきた。

「神々の宿木へ行くから通らせろだと?どういうことだ?」

ロフト王はまだ頭に包帯や腕に包帯を巻いている。

この前の戦の傷がまだ癒えていないのだろう。

「うるさいわい。お前は黙って頷けばよい。」

グンナル七世王がまた無茶を言っている。

「黙っていられるか!神々の宿木だって?」

埒が明かないのでヴィーラが説明した。

驚いたことにロフト王は騒ぐことなく、了承した。

グンナル七世王の気性はよくわきまえており、止められないと思ったのだろう。

「よし。儂も行く。おいお前達、儂がいない間…」

なんだ。

少し穏やかそうで常識人に見えるロフト王もよく似ているじゃないか。


ロフト王が家臣に指示を出し始めるのをグンナル七世王が止めた。

「馬鹿者。お前は留まれ。これは招かれざる者が参加できる宴ではないわ。」

誰があんたを招いたよ?

俺は心の中で突っ込んだが、全力で無表情を装った。

「馬鹿とはなんだ?儂も行く!」

「駄目だ。お前はまずは傷を治せ。それにワッサーブルクの兵をまとめてアイセンブルクの南門へ行け。スリンにはアイセンブルクの兵を率いるよう言っておいてくれ。それに『遠信の水晶球』でファイアーブルクのビュールにはブラドで魔王殿の軍に合流するよう伝えるんだ。」

「どういうことだ?」

「必要なのだ。儂の勘ではな…」

「勘だと?やめてくれ。昔からあんたの勘は妙に当たるから嫌なんだ。」

「そう言うな。神々の干渉を遮断すれば、間違いなく戦況は大きく動く。そして、その先に全ての者が見届けるべきことがあるのではないか…儂はそう思うのだ。」

俺はドキリとした。

グンナル七世王は俺の考えていることに気付いているのか?

まさかな。

グンナル七世王の知っていることではないはずだ。

俺はローブの中で冷たい汗が背を伝うのを感じた。

俺達はしぶしぶ頷いたロフト王に背を向けて再び馬を走らせた。


ワッサーブルクの北東門。

即ち、ドワーフ世界で最も神々の宿木に近い門を出た。

ロフト王がつけてくれた騎馬衛兵隊と一緒だ。

北の荒れ地の戦いでドワーフが俺達に加担して以来、ライオスエルフとドワーフ族の間では緊張が走っている。

アルフハイムに面したワッサーブルクの各門はライオスエルフの部隊によって監視されている。

しかし、アルフハイムの中とは言え、門とその周辺はドワーフの領土だ。

ドワーフの衛兵が定期的に巡回する。

それに紛れて門から出たわけだ。

ライオスエルフ達もまさか、ここから自分達の都へ潜入する者が出てくるとは思わないから監視は緩い。

門から離れて周囲を巡回するドワーフの騎馬隊とは適当なところで別れた。

俺達はマントとフードで顔や体を隠し、できるだけ馬を急がせた。

正直、ここでグンナル七世王が迷惑この上なかった。

ヴィーラやディアリンはエルフだから顔さえ隠してしまえば問題ない。

俺やアランはエルフと言うにはややがっしりしすぎているが、まだ遠めに見ればごまかせる。

だけど、グンナル七世王は流石に無理だ。

エルフとは体型が違いすぎる。

ソニアがユキーナに攫われた時のことを思い出して、袋にでも入れて馬に括りつけたかったが、そんなこと、とてもグンナル七世王に言えない。

だから俺達は人目につかないことをひたすらに祈りながら神々の宿木に向かった。


ついに俺達は神々の宿木にたどり着いた。

あの驚異的な白い門は開けられたままだ。

戦時中とは言え、前線は遥か遠くだ。

閉じる必要性を感じないんだろう。

俺達は夜陰に紛れて門を通り抜けた。

エルフは夜目がきくからあまり意味がないように思うかもしれないが、エルフ達だって夜は寝る。

つまり夜であればあまり人目につかないんだ。


これまでも大変な旅だったが。

本当に危険なのはこれからだ。

あの地下深くにある神々の神殿に行って、神々の門を破壊するんだ。

見つかれば間違いなく終わりだ。

帰れないだろう。

だけど、俺は絶対に帰らなくてはならないんだ。


何故なら俺はこの世界を救うと決めたんだ。

俺にはまだやることがあるのさ。

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