ドワーフの抜け道
これからが問題だ。
俺達は神々の宿木に着いたら、アルベリッヒの直属兵、即ち曇り空共を襲って服を奪い、変装して白角城に潜入する予定だったんだ。
しかし、今はグンナル七世王がいる。
どうするよ?
俺達は当惑していたが、当の本人はそんなことも露知らず呑気なものだ。
「夜の神々の宿木も趣きがあって良いな。知っとるか?あの白い門はドワーフの職人が手伝って完成させたんじゃ。」
俺達はそれどころではない。
どうやって潜入したものか…
「さてと。」
グンナル七世王はひそひそ声ながらも饒舌であったが、改めて言い出した。
「ヴィーラ殿、白角城下にある衛兵の通用路とやら、連れて行ってくれんか?」
なんだって?
「グンナル殿、何故あなたがそのような道をご存じなの?」
ヴィーラも当惑気味だ。
「ここに派遣しておった者達から聞いておる。とにかく連れて行ってくれんか?ヴィーラ殿?急がねば、もうすぐ東の空が白んでくるぞ?エルフ達は早起きなのだろう?」
ヴィーラも多少は躊躇していたようだが、グンナル七世王のあまりに自信たっぷりの様子を見て意を決したのか、馬を走らせた。
俺達もついて行った。
あの頂に白角城があるとんがり山を螺旋状に続く坂道だ。
明かりのついている家屋は僅かだ。
見られてはいないだろう。
多分。
祈りたいような気持ちだ。
いずれにせよ、城に潜入するにはこの道を行くしかないんだが…
いくつもの家並みを抜け、隧道や岩棚を抜けた。
城が近づいてくる。
白角城は不自然なほど細くとんがった円錐形の山の山頂にある。
その基部は険しい岩盤だ。
その岩盤を削って作られた狭い道が分岐していた。
そこでヴィーラは馬を止めた。
「ここですわ。グンナル殿。」
「ふむ。ではここを行こう。」
「衛兵の通用路を?この道を通ってどこへ行こうというのです?」
「勿論、神々の神殿へじゃよ。ヴィーラ殿。」
「確かに、この道は城内へも続いてはおりますが…」
「衛兵に見つかると言いたいのだろう?日の出にはもう少し時間がある。衛兵の交代は日の出なのであろう?それまではこの道を使う者はおるまい?」
「グンナル殿?どうして、そんなことを?」
「兎に角、今は議論している暇はない。次は西の見張り台へ行く道に案内してくれ。」
「西の見張り台?どうして?そんなところを?」
ヴィーラは途方に暮れたような顔をしてたが、今回も自信たっぷりのグンナル七世王の様子に背中を押されたのか、くるりと背を向けると狭い道を走り出した。
俺達も慌てて馬から降りて後に続いた。
どうやら衛兵の通用路とはこの岩盤を削って作られた城の下を走る道路網の総称らしい。
いくつもの岐路があった。
走りながらディアリンが手短に教えてくれたが、城勤めの衛兵達が城外の各所へ行く近道として使っているらしい。
突き出た岩の手前でヴィーラが立ち止まった。
話をやめるように指を口に当てた。
「この角を曲がるとすぐに西の見張り台ですわ。衛兵が常に配されています。これより先は見つかってしまうわ。」
「ふむ。では、この辺だな。」
グンナル七世王が何かを探し出した。
不意にその姿が見えなくなった。
この辺りは岩が複雑な形をしていて、いくつもの窪みがあったが、その一つに入り込んだようだ。
「グンナル殿?このようなところにはなにもございませんわ?」
ヴィーラが窪みを覗き込んでひそひそ声で声をかけるが…
「え?」
「しっ!」
ヴィーラが驚いて声を出すとグンナル七世王が窘めた。
「ついてくるんだ。」
ヴィーラの姿が岩の窪みの中に消えて行った。
アランが続く。
俺はディアリンと顔を見合わせたが、ディアリンが頷いた。
まぁ、ディアリンは敬愛するヴィーラが行けば、どこでもついて行くよな。
俺も続いた。
ディアリンが最後だ。
単なる窪みと思っていたが、その向こうにはかろうじて人が通れるだけの穴があった。
中は真っ暗だ。
グンナル七世王、ヴィーラ、ディアリンは暗闇でも見えるが、アランと俺には無理だ。
いつもなら、こんな時、どっかの誰かが俺にランタンを押し付けてくるんだが、今日はいない。
だから、俺は自分でランタンに火を灯した。
俺は便利な歩くマッチだからな!
ディアリンが俺の後から入ってくると入口の所に立って、俺達に先に行くように促していたグンナル七世王が何かを呟きながら、手をかけていた岩を押した。
すると穴が閉じた。
「エルフの仕掛けね。」
「いや。正確にはドワーフが作り、エルフが魔法で仕上げしたもんじゃ。」
「そうですの?」
「ヴィーラ殿もご存じであろう?この城を築城するに当たっては多数のドワーフの工人が招聘されたんじゃ。」
「勿論、存じておりますわ。」
「そして、儂等の先祖は築城だけでなく、プライベートな依頼も受けておったんじゃよ。」
「プライベートな依頼?」
「具体的に言えば、各王家からの依頼じゃな。」
「各王家ですって?」
「さよう。ヴィーラ殿もご存じだろうが、当時、エルフの王家は四家が残っておった。即ち、アルベリッヒ上級王やそなたの家、第一王家リョース家、第五王家ホンド家、第六王家ヴィースドームル家、第七王家デック家の四家じゃな。第二王家メイヴ家は初代当主が上古の時代に亡くなり、長男のカレイドはアルベリッヒの家臣となり下がった。第三王家セイズル家と第四王家オルズ家は芽吹きの時代にそなたの家に敗れ、滅びておった。」
グンナル七世王は真実のエルフ史に詳しいようだ。
今の話、書き留めたい!
俺は切実にそう思ったが、こんな危険な時にそんなことはできない。
後で、じっくり聞かせてもらおう。
「えぇ…」
ヴィーラは気まずそうに頷いた。
ルサールカは真実のエルフ史について、割とあっけらかんと教えてくれたが、流石にヴィーラは最も血塗られた第一王家、リョース家の生まれだからか、あまり触れたくないのかもしれない。
「この秘密の抜け道は第六王家ヴィースドームル家からの依頼で作ったのじゃ。」
「なんですって?」
「あなたもご存じだろう?当時は王家同士で凄まじい権力闘争が行われておってな、この先の地下牢には常に政治犯が囚われておった。」
同じような話をヴィーラからも聞いたな。
あの神殿から地下牢に抜ける抜け道は囚われの政治犯にこっそり連絡をとる為に作られたのだと。
「それで、今はその道をあなた達が使っていると言うのね?」
「そう言われると恐縮なんじゃがな…」
グンナル七世王は柄にもなく申し訳なさそうな顔をした。
「ヴィースドームル家もヴィーラ殿のお父上に滅ぼされてしまったからな…その、なんじゃ、この道は所有者がおらんようになったわけじゃ…そこで…」
「ドワーフ族が持ち主不明の『拾得物』を自分達のものとした言うのですわね?」
グンナル七世王が頷いた。
「まぁ!」
ヴィーラは呆れたような顔をした。
「それでこの抜け道はどこに続いてますの?」
「神殿の少し上じゃな。」
「それでしたら、ヴィースドームル家のもの者はそこから地下牢へどう行っていたのかしら?」
「それなんじゃが、どうやらヴィースドームル家の者達はあなた達リョース家が使っていた抜け道の存在を知っていたようじゃな。」
「じゃあ、ヴィースドームル家はあの抜け道を使っていたのね?」
「そのようじゃ。」
グンナル七世王が重く頷く。
「あれ?少し待って?グンナル殿?あなた達の間者はこの抜け道を使って地下牢の様子も探っていたのではなかったかしら?」
「そのようじゃ。」
グンナル七世王が重く頷く。
「あの抜け道を使うには秘密の呪文がいるのよ?」
「そのようじゃ。」
グンナル七世王が重く頷く。
「そのようじゃって…もしかしてあなた達、呪文を知っているのね?」
「そのようじゃ。」
グンナル七世王が重く頷く。
これはわざとだな。
俺は吹き出しかけた。
確かに神殿から少し階段を上ったところにある秘密の抜け道を通り抜ける時、ヴィーラは壁を開ける呪文を唱えていた。
グンナル七世王のわざとらしい受け答えにヴィーラは厳しく問い詰めた。
「どういうことかしら?」
「それがじゃな。儂の祖先にも悪気はなかったのだ。エルフに見つかりそうになって隠れておったら、あるエルフが目の前で呪文を唱えて壁を開けて、秘密の抜け道へと入って行った。」
「誰なの?そんな不用心な者は?」
ヴィーラの怒りは同族であるライオスエルフに向けられた。
あの抜け道を知っている以上、幹部級のお偉いさんだろう。
そんなエルフがよりにもよって、間者の前で呪文を唱えてしまい、秘密がバレたんだ。
「それがのう…」
グンナル七世王は申し訳なさそうにしている。
「ドワーフの祖先から伝わっている話では、ほんの子供であったと…」
「なんですって?」
「ドワーフの祖先から伝わっている話では、小さな女の子が遊びで抜け道を通り抜けるのにたまたま出くわしたと…」
「まさか…その女の子って…。」
グンナル七世王はもう申し訳なさそうと言うより可笑しそうに笑いだしていた。
「私だったの?」
グンナル七世王が大口を開けて笑った。
相変わらず迫力がありすぎて、面白がっているのか、怒っているのか、俺にはわからない。
兎に角、ドワーフの抜け道は神殿の上、地下牢へ続く抜け道よりも上に繋がっているようだった。
この位置関係、後から重要になってくるから覚えておいてくれ。




