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転生者なんて負け組だ  作者: 荒野旅人
第四章 最後の戦い編

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半神レネとの夜(下)

レネ様は空になっていた俺の杯に葡萄の蒸留酒を注いでくれた。

勿論、俺も返杯をする。

流石は半神だ…ということか?

一向に酔った様子は見受けられないが、杯は見事に空になっていた。


暫く、沈黙が続いた。

俺は杯を呷った。

美味な葡萄の蒸留酒だ。

素晴らしい味を愉しむ。


酒飲みの戯言と思ってくれても良いが、俺が思うに旨い銘酒をより味わうには、素晴らしい部屋で静かに独りで飲むのが良い。

しかし、もっと味わいたければ、素晴らしい相手と酌み交わすのが良い。

レネ様がこんなに良い飲み相手だとは終ぞ知らなかった。


喉が焼かれているかの如く強く、それでいて涼やかな味わいの銘酒をじっくりと味わう。

レネ様は決してのその邪魔になるような相手ではない。

俺は心の底から味わった。

そして、そのことでじっくりと考えることができた。

最高の飲みの相手と言うのは、こんな時に決してノイズとならず、静かな時間をくれるものだ。

レネ様は風貌こそ異様でノイズのように思われるかもしれない。

でも、俺はもう慣れてしまった。

彼は静かに俺に最上級のクルズニスミツァ産のブドウの蒸留酒を味わわせてくれた。


お陰で俺は自分と向き合うことができた。

ほんの僅かな時間だが、俺は自分自身と向き合い、納得し、決意することができたんだ。


この話はもう少し後にしようか。


俺は自分の中で決意が固まると再び空になった杯をテーブルに置いた。

レネ様はまた酒を注いでくれた。

天地創造の時からこの世にいる半神に酌をさせるなんて俺は不遜だな。

でも、それは自然な流れに思えた。

俺もレネ様の杯に酒を注いだ。

俺が葛藤している間にレネ様の杯は空になっていた。

付き合ってくれているんだな。

何だろう?

この感じは?

レネ様からは不思議なほど優しく、穏やかなオーラを感じる。

ライオンと太陽の塔とダリを合わせたようなレネ様からだ。

ふとおかしくなって俺は微笑した。

失礼だったかもしれない。

しかし、レネ様から咎めるような様子は見受けられなかった。


沈黙を破ったのはレネ様だった。

「そなたに話しておきたいことがある。」

「?」

「そなたはずっと知りたかったのであろう?」

「?」

「どうして私が裏切ったかだ。」


それはこの穏やかな飲み会に爆弾を投じるような衝撃的な発言だった。

そりゃ、俺だってずっと知りたかった。

思えば、この一連の騒動の発端はレネ様が魔王様が死んだのではなく、封印されただけだとアルベリッヒ達に知らせたことだ。

勿論、真相はわからない…

そう思われるだけだ。

何せ、俺が知っているのはユキーナによる暴露だけだ。

あの後、魔王様とレネ様は二人だけで話をして、その後、何もなかったことになってしまっている。


「私がメルコル様が倒されたのではなく、封印されただけであることをアルベリッヒやフィリップに伝えたのは事実だ。」

「どうしてなのです?」

「私はこの世界が創られた時から、いや、それ以前、神々の世界にいた時からメルコル様に仕えてきた。メルコル様の栄誉こそ我が喜び。メルコル様の不名誉は私には耐えられぬ。」

「…」

レネ様の言わんとすることはわかる気がした。

何せ、彼は情をわきまえぬ半神なのだ。

情を持ってしまった魔王様の決意は理解ができなかったに違いない。

「私にはメルコル様がヒトごときに倒されたとされることに耐えられず、メルコル様が惨めに封印されていることにも耐えられなかった。」

「だからあなたは魔王様が倒されたのではなく、自らの意思で封印されたと知らしめたかったと。」

「そうだな。そして、更に言えば、私はメルコル様を封印から解放し、再びこの世界に君臨してほしかった。」

「それは魔王様の願いに反するのでは?」

「私にはオークやゴブリンがどれだけ死のうと気にはならなかった。メルコル様がこの世界に君臨し、共にこの世界の全てを手に入れるべく邁進できれば、それで良かったのだ。」

「その為にアルベリッヒやフィリップに知らせたと?」

「さよう。奴等の力を利用すればメルコル様を封印から解放できるからな。」

魔王様が最も望まれないことをレネ様には理解できなかったんだ。

レネ様に非はない。

何故なら、情を持たないレネ様に情を与えられた魔王様の御心を理解するのは不可能だ。

レネ様としては魔王様を解放して再び世界を征服すべく蜂起することこそが右腕としての責務だったんだ。

「奴等は私に報酬を示した。即ち、神々がこの世界に降臨した暁には私を元の完全なる半神に戻してやるとな。笑止であったわ。」

「一体、彼等とはどういう約束になっていたので?」

「先ずはメルコル様の解放であるな。奴等はそれにより召喚者を呼び出すことを望んでおった。次には私がヴァラキアの情報を流すことで手をかけずにヴァラキアを滅ぼすことを狙っておった。フィリップはその後、召喚者率いる王国軍でフェリジア諸国や南方諸国に侵略し、人類版図の全てを自ら支配することを願っておったな。」

フィリップらしいな。

「アルベリッヒは別のことを考えていたのですよね?」

単純な支配欲に燃えるフィリップとアルベリッヒでは考えることのスケールが違う。

「そうだ。アルベリッヒは召喚者だけでなく神々をこの世界に招き、ゆくゆくはライオスエルフ以外の全ての種族を殲滅することを企図していた。」

「ユキーナによれば、あなたは途中から彼らへの協力を止められたようですが?」

「うむ。私はメルコル様の解放だけが望みであったからな。」

「それでもあなたはソニアを王国に売ったのですね?」

「売った?まぁ、金銭の提示があったことは否定せぬが私にとって利益と思えるような代償ではなかったな…」

レネ様らしくない。

どこか歯切れが悪い。

まぁ、いいさ。

じゃあ、こう聞いてやる。

「あなたはどうするつもりだったのです?」

「なんだと?」

「レネ様が魔王様の解放を願われたことは私にも理解できます。しかし、何の策もなく魔王様を解放しても、再び敗北することは明白だったはずです。」

なんせ、召喚者に巨神兵だ。

ただでさえ、これまで魔王国軍が勝てたことはなかったんだ。

ただ、魔王様が封印から解放されるだけで良いでは、半神レネにしては浅はかすぎるだろ?

「そなたは本当に恐れを知らぬな。私は半神レネなのだぞ?」

「私は恐れを知らぬのではありません。ただ私はレネ様を知っております。」

「何?」

「あなたがそんな無策なことをするとは思えないのですよ。」

本当は俺の本心はもっと別にある。

俺がレネ様について知っていること…

それはもっと違うことだ。

「今だから、そなたには言ってやろう。私は召喚者が現れようとどうでも良かったのだ。神々の降臨は厄介ではあるがそれこそ奴等に(ペナルティ)が下されるだけなのだからな。」

「わかりました。では、一先ず神々のことは置いておいたとして、召喚者が現れるだけでもヴァラキアにとっては脅威でしょう?実際、今、ヴァラキアは風前の灯なのですよ?」

「だから何だというのだ?私は情を持たぬ半神なのだ。オークやゴブリンがどれだけ殺されようと気には留めぬ。」

「では、一体?」

「アルベリッヒはオークやゴブリンだけではない。ヒトもドワーフもスヴァートエルフも…全てを殲滅するつもりだったのだ。残るのは人口の少ないライオスエルフどもだけだ。」

「まさかあなたは?」

「魔王様や私ならある程度の配下をアルベリッヒが気付かぬように忍ばせることが可能だ。そして僅かなライオスエルフのみであれば、十分に勝機がある。」

「しかし…」

「それではほぼ全ての人間が滅びてしまうと言うのだろう?だからどうしたというのだ?私は情を持たぬ半神なのだぞ?」

「そうかもしれませぬが、魔王様はそんな結末を決してお喜びにならぬでしょう!」

「そうだ。私が理解できていなかったのはそこだ。そしてメルコル様と二人で話し合った時、メルコル様に一番お叱りをいただいたのも、まさにその点だ。」

理解できて『いなかった』ね。

そうでしょうね。

レネ様、あなたと言う方は…


「レネ様。どうしてこのことを私にお話になるのですか?」

「…」

「レネ様?」

「どうしてであろうな?そなたは賢い。そなたへの謎かけにでもしておこうか。」

ずるいな。

その答えは。

でも、俺にはわかったよ。

「レネ様。もう一度お聞きしますが、どうしてあなたはソニアを王国に売ったのですか?」

「やはり、そなたは賢い。その謎かけの答えはわかっているのではないか?」

素直じゃないな。

レネ様は。

まるで普通の人間が照れ隠しをしているようじゃないか。

俺は今、半神ではなく、一人の人間と話しているような気がした。

「では、それについてだけ私の考えを申しましょう。」

「ふむ。」

「ソニアの安全の為でしょう?」

「なんだと?」

「だってそうでしょう?世界は再び戦乱の時代を迎えようとしていた。そしてヴァラキアに勝ち目はない。あなたはフィリップにソニアの命を奪わないことを条件にでもしていたのでは?そうでなくとも、いずれはアルベリッヒがソニアをフィリップから奪うことも想定していた。アルベリッヒは『送還の鍵』を使う為に王家の血をひくソニアを手中にしておきたかったし、それだけにソニアの安全は保障されますからね。少なくとも滅びる定めにあるヴァラキアにあるよりは。」

「なるほど。今宵そなたは酒が過ぎたようだな。少々、饒舌なようだ。そろそろお開きとするか?」

レネ様ともあろう方がそんなずるいことを言う?

もうただの人間のオジサンじゃないか?

「お待ちください。」

「ふむ?」

「明日、魔王様に謁見させていただきたいのです。」

どんなに酔っていたって、こいつだけは忘れられない。

流石はレネ様だ。

俺の意図を一瞬で全て理解したに違いない。

「わかった。明日の朝、メルコル様に伝えておこう。謁見は夕方で良いか?」

ほらね。

全部お見通しだ。

俺も明日の日中は仲間と話をしておきたいからな。

「ありがとうございます。」

「かなり厳しいことになるぞ?」

「覚悟しております。それに…」

「それに、その後のことに比べればどうと言うこともないか?」

「レネ様。どうかよしなに。」

「わかった。」

レネ様は俺の決意を全て理解しているに違いない。

決意と言うが俺だって、今、自分が決意したと言う実感がわかない。

それだけ俺には難しいことなんだ。


「ありがとうございます。」


その後、俺達は少しだけ雑談をした。

俺は仲間達との馬鹿話を、レネ様は幼い頃のソニアの話をした。

俺はレネ様の私室を辞する時、最後に言った。

「レネ様?」

「なんだ?」

「あなたは今、情をお持ちですね?」


レネ様は答えなかった。

しかし、その沈黙は間違いなく肯定であった。

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