邂逅の後の始まり
ふわふわと揺蕩いながら今日も目が覚める。
その感覚にようやく慣れる事が出来たのは、夢の様な感覚で昼夜問わず見ていた前世の記憶を見なくなって一の月が過ぎた頃。それまでは、朝起きて体を起こすと言う普通の行動が出来る事に感動してしまい、乳母を心配させてしまっていた。
それから事あるごとに感動して立ち止まる私を、周りは早々に慣れたのか心配と安堵の中何も言わずに私が動き出すまで待ってくれる。それを見て、狭いと思っていた私の世界は、見えなかっただけできちんと広かった事を教えてくれた。そうと思えたのも、彼女の見せてくれた記憶があったことが大きい。それが無ければ、多分私は
「おはようございますお嬢様。体調はいかがですか?」
体を起こして暫く物思いに耽っていれば、薄紗のかかったベッド近くにいたのだろう乳母の声が聞こえた。その挨拶一つも前は体調に気を使ってか囁くような小声だったのに、今は普通の声量であるという事さえも嬉しい。沈みかけていた思考を消す様にゆるゆると頭を振ると、少し心配させてしまったのだろう体調を気遣う問いも付け加えてくれた乳母に返事を返す。
「おはようカチア、体調は問題ないわ。今日のお天気はどう?」
「それは良うございます。ふふ、とても良い天候ですよ。でも、風は冷たい様ですので少し厚着をいたしましょうね」
そっと開かれた薄紗から光が入り、金茶の髪に緑水晶の瞳を持つ妙齢の乳母-カチアの顔が見えた。今日は天気が良ければ庭でお茶を飲もうと話していたので、恵まれた空の様子に思わず笑みを浮かべればほっとしたようにカチアの顔も笑みに変わった。それを見て、先ほどまで考え込んでいた事を思い返す。
---- 多分、記憶が無ければ世界に怯え、薄紗の外に出る事無く世界が終わっていたかもしれない。
そう思うとぶるりと震えてしまうけれど、現実はそんな事はなく毎日世界は少しずつ広がる。まだ彼女が見せてくれた世界には程遠く、少し広がっただけの私の世界。それだけでも知っている世界と色々違う事に驚き、納得しまた広がる事に嬉しくなる。
---- いつか、前世ぐらいの…ううん、もっと広く大きい世界になればいいな。
「では、早速準備をいたしましょうね。今日はみんな朝からそわそわしているんですよ」
優しく微笑んで伸ばされたカチアの手を取って、狭かった世界から足を下す。
ラティアナと名付けられた私が、自分の足で世界を広げ始めて既に2年の時が経っていた。
ラティアナ・オーラ・オラケウス、5歳。世界はまだ広がり始めたばかり。




