後編
目立つからと場所をウィリアムの客室に移し、三人は色々な話をした。
カリルが去った後のティティンの出来事や、今のクールの様子など、話すことは山のようにある。
カリルはあちこちを旅しながら、時々守護の島に帰っているらしい。
ウィリアムがいるので直接聞けないが、多分フォリオも一緒なのだろう。そう考えると響は嬉しくなった。ふたりとも幸せになってほしいと思う。
「それでですね。ウィリアムさんったらまだ結婚しないとか言うんですよ?どう思います?」
「どうとか言われても。つーか、ウィルって今いくつだっけ?」
カリルが尋ねると、ウィリアムはいかにも渋々といった様子で「19」と答えた。
「何だ、おれと同じじゃん。ならまだ早いんじゃねーの?」
「一般的にはそうかもしれませんが、ウィリアムさんは王族ですから。血を継いでいくのもお仕事です!」
ウィリアムが顔をしかめた。
「・・・おまえは純白のドレスを見たいだけだろ」
「そうですが、いけませんか?」
「おまえの願望におれを巻き込むな」
「失礼な!ティティン国民の総意ですっ!」
むっとして言い返した響は、ふとそこでカリルのほうに意識を向けた。カリルはというと、ふたりの言い合いなどどうでもよさそうに菓子に手を伸ばしている。
その姿を見たら急に好奇心がむくむくとわいてきた。
「ところでカリルさんは?結婚のご予定はないんですか?」
ぶっちゃけフォリオさんとはどうなっているんですか。そう聞きたいのをぐっと堪える。
カリルはクッキーを頬張りながら、あっさりと答えた。
「そんな予定あるわけないだろ」
「そ、そういうお相手は?」
「いない」
「・・・」
どうやらフォリオとはどうにもなっていないらしい。非常に非常につまらない。
響は深々とため息をついて、椅子にもたれかかった。
「あ、そうだ。いっそのことウィリアムさんとカリルさんが結婚しちゃうってのはどうですか?」
半ば本気で口にしてみると、ふたりは顔を見合わせ、同時に「それだけはないな」と言った。異口同音だ。すごい。
「こんなガサツな女と結婚できるか」
「それはこっちの台詞だ。おまえみたいなヘタレはごめんだっつの」
言い返した後、カリルはにやりと笑った。
「ま、ウィルの結婚式の時も顔くらい出してやるからさ。・・・んじゃ、そろそろおれ戻るかな」
「え、もう行っちゃうんですか!?」
立ち上がったカリルに、慌てて響は声をかけた。まだ全然話し足りないのに。
「まぁな。連れ待たせてるし。それにどっちにしろ、おまえらこれからパーティなんだろ?」
「そ、それはそうですけど・・・」
賓客として招かれたパーティだ。さすがにすっぽかすわけにもいかない。
「あーそうだ、響」
思い出したようにカリルが言った。
「は、はい。何ですか?」
「言い忘れるところだった。おれの連れがよろしく伝えてくれってさ」
意味深な笑みで、カリルが言った。連れが誰のことなのか、すぐに気づく。
フォリオさんが、と言いかけた口を慌ててつぐみ、そっとウィリアムを見やった。彼は興味なさそうな顔をしているだけだ。
「・・・ありがとうございます。ぼくからもよろしく伝えてください」
「おう」
と、カリルが手をひらりと挙げた、丁度その時だった。部屋の扉を叩く音が聞こえた。
パーティまでのわずかな空き時間に、ウィリアムがいる客室まで来たレイアは、かなり躊躇った末ようやく扉をノックする事ができた。
どうぞ、と中から返事がある。ウィリアムの声だ。彼がいるなら響も一緒だろうと、意を決してドアノブを回す。
とりあえず、ウィリアムのいない所に響を連れていかないと話を聞くこともできないーーーそんなことを考えていたレイアは、中にいた見知らぬ顔に固まった。
てっきりウィリアムと響しかいないと思っていたのに、部屋の中にはもう一人、旅人のような軽装の少女がいた。目が合い、焦ってしまう。
「ご、ごめんなさい。お客様がいるなんて知らなくて。あの、出直します」
小声で謝ると、少女はあっけらかんとした口調で言った。
「あー気にしなくていいって。おれもう帰るしさ」
「うー本当に帰っちゃうんですかぁ・・・」
寂しげに響は眉を下げている。ずいぶん親しそうだが、この少女は誰なんだろうか。
レイアの後ろから部屋をのぞき込んだ紅が、びっくりしたように声を上げた。
「む?おぬし・・・カリルか?」
「そうだけど・・・って、紅じゃんか。おー、久しぶり」
カリルは紅を見ると、驚いた表情を浮かべたが、すぐに笑顔になった。レイアは訳が分からずに紅を見上げた。紅はこの少女を知っているらしい。
「紅、知り合い?」
「うむ、ちょっとな。しかし、そうか。カリルがここにいるということは、やはり・・・」
紅はぶつぶつと何かをつぶやいた。意味がよく分からない。
カリルがぐぐっと背伸びをしてつぶやいた。
「んじゃおれは行くかな」
「ううーカリルさんー」
「また気が向いたら来るって。じゃあな」
響の未練をばっさりと切り捨て、カリルという少女が立ち上がった。親しげに紅にも声をかけると、レイアの横をすり抜けて部屋を出ていく。
それを何となく見送っていたレイアに、紅が顔を寄せ、小声で耳打ちした。
「レイア、カリルを追うのじゃ」
「え?」
「いいから早く。・・・彼女は皇子の友人じゃ。今は一緒に旅をしておると、響から聞いたことがある」
「・・・!!」
レイアは打たれたように顔を上げた。
廊下に飛び出す。カリルの背中が、角を曲がって見えなくなる所だった。
何も考えられないまま、気がついたら足を踏み出していた。
「ちょっと待って!」
後ろから聞こえてきた切羽詰まった声に、カリルは足を止めた。振り返ると、レイアが息を切らしながら走ってくるのが見えた。長いドレスの裾が邪魔そうだ。
カリルに追いつくなり、彼女は胸に手を当てて苦しそうに呼吸を繰り返す。
「大丈夫か?」
「あ、あなた、足速い・・・」
切れ切れな声は、本当に苦しそうだ。よほど必死で追ってきたのだろうか。カリルはレイアの呼吸が整うのを待ちながら、彼女を見つめた。
今まで遠くから見たことはあったが、こんなに近くは初めてだ。カリル自身無頓着なほうだからよく分からないが、なかなか可愛らしい女の子だと思う。さっき見たウエディングドレスも綺麗だったし。
そんなことをつらつらと考えているうちに、レイアの呼吸は落ち着いてきた。これなら話せるだろう。
「おれに何か用か?」
「・・・」
レイアは口を開きかけ、躊躇うようにまた閉じた。視線を床に落としている。何なんだ、一体。
妙に長い沈黙の末、ようやく彼女がぽつりとつぶやいた。
「・・・あの、あなたがあいつの・・・友達だって聞いて」
「あいつ?」
聞き返すと、レイアの隣にいた紅が「フォリオ皇子のことじゃ」と教えてくれた。
「ああ、リオのことか。まぁそうだけど、それがどうかしたか?」
「その、・・・一緒に旅してるってのは、」
「? 本当だけど?」
「そ、そう」
目を伏せたレイアの様子を見ているうちに、さすがのカリルにも状況が分かった気がした。
あーそういうことか。ちらっと見た紅の表情で、自分の勘が正しいことを悟る。
「・・・」
レイアはうつむいたまま黙り込んでしまっていた。
カリルは息をつく。こういうのは正直苦手なのに、どうしろと言うのか。
「・・・あのさ。あいつ、あんたのパレード見てたよ」
「・・・」
レイアはわずかに肩を震わせた。
「まぁ余計なことごちゃごちゃ考える奴だから、ここには来ないけど。でも、あんたの幸せは願ってると思う。だから、えーっと」
カリルは頭をかきながら顔をしかめた。だめだ。やっぱり苦手だ。
「くそ。何でおれがこんなこと伝えなきゃいけねーんだ?リオの奴、自分で言えっての」
毒づきながらぼやく。
レイアは目をゆっくりと上げた後、何がおかしかったのか小さく笑った。
「・・・本当よね。なんか、バカみたい」
「えーっと、おれが?」
「ううん。わたしが。・・・あーあ、折角忘れかかってたのに、何なのあいつは」
そうつぶやいたレイアは口調こそ明るかったものの、どことなく寂しそうだ。カリルはもう一度出そうになるため息を何とかのみこんだ。
「あんた、バカじゃないよ。自分でそういうこと言うのやめとけって。それから」
「え?」
「あいつのこと、覚えててやってよ」
レイアは目を丸くした。
「あんたがリオのこと忘れたいって思うのは自由なんだけどさ。でも・・・よかったら、ちょっとでいいから覚えてて欲しいんだ。皇子としてのあいつとか、あんたがあいつに思ってたこととか、何でもいい」
そういうものは、全て失われたら取り戻せないものばかりだ。それら全部をなかったことにしてしまうのはあんまりな気がした。
彼女が忘れてしまったら、皇子だったリオの存在を認識してくれる人がいなくなってしまうんじゃないだろうか。
「・・・あなたって、変わってるね」
レイアのつぶやきに、カリルは眉をひそめた。
「そうか?」
「うん。・・・でも、ありがとう」
小さな声で礼を言ったレイアは、かすかに微笑んでいた。
「そっか。あなたと一緒ならあいつ、幸せかもね。ならいいや。わたしも幸せになるし」
そう言うレイアはやっぱりどこか寂しげだったが、それでもさっきより大分ましな顔をしていた。
内心ほっとしたカリルに、内緒話をするようにレイアが顔を寄せる。
「ところですごく気になってることがあるんだけど、聞いてもいい?」
「何」
「あなたたちって、付き合ってるの?」
思わずレイアを見ると、彼女は興味津々な顔をしていた。響といいレイアといい、どうしてそういう方向へ話がいくのだろうか。
顔をしかめて答える。
「付き合ってないけど?」
「・・・一緒に旅してるんだよね?」
「してるけど」
「四六時中一緒だよね?」
「そうだけど」
事実をありのまま答えるとレイアは眉をひそめ、紅を見上げた。紅は肩をすくめて首を振っただけだが、それだけで意志疎通はできたようだ。
レイアがこちらに向き直る。その目が気になった。
「分かったわ、カリルさん」
「いや、何が?」
「お礼させてください」
にっこり笑うレイアは、まるでイタズラを思いついた子供のように目を輝かせていた。
「は?お礼って」
「遠いところ、わざわざわたしたちの結婚式に来てくれたんでしょう?そのお礼。この後何か予定はある?」
「いや、宿に戻るつもりだけど」
カリルの返事を聞いたレイアは、よりいっそう笑みを深めた。
「なら良かった。カリルさん、よければわたしたちと一緒に食事しませんか?」
宿の簡素なベッドに腰掛けたフォリオは、そっと窓の外に目を向けた。硝子の向こうは暗くなっている。
何となく落ち着かないのは、夕方には戻ると言ったカリルがまだ帰ってこないからだ。気にしすぎだろうか。ただ単に、響やウィリアムと話し込んでいるだけかもしれない。というか、多分そうなのだろう。
「・・・」
集中できないまま、フォリオは開いていた本を閉じ、横に置いた。代わりに外套を手に取る。
とりあえず、探しに行ってみよう。もしかしたら何かあったのかもしれない。
カリルの強さは知っているが、ひとりでは戦うにも限界がある。そもそも彼女は強くても女の子だ。
嫌な考えが頭をよぎると、外套を羽織る作業が急にもどかしく感じた。左腕しかないので、袖を通すのにも時間がかかる。
歩きながら着ればいいと、外套を抱えたまま部屋のドアノブに手を伸ばした時、計ったようなタイミングでドアが外から叩かれた。
「おーいリオ、おれ」
カリルの声だ。ほっとする。
「カリル?おかえり・・・」
急いでドアを開けたフォリオは、そこにいたカリルの姿に言葉を失った。
「・・・」
ゆっくりと目を瞬かせて、目の前の相手を穴が空くほど見つめる。
カリルは別れたときの服装ではなかった。というか初めて見る服だ。いや、というか初めて見る『女の子』の格好だった。
白と青の布を重ねたワンピースを、腰の所で細く括っている。面倒だといつもほったらかしの髪はきちんと整えられ、耳元に青い石をあしらった髪飾りを留めていた。足下は普段愛用しているブーツではなく、綺麗なデザインのヒール。
何となく、目眩がした。
「おい、リオ?」
「・・・」
いつもより開いた胸元に目が向けられず、フォリオは視線を横にさまよわせた。
「カ、カリル・・・」
「あ?」
「その服は・・・?」
おずおずと聞くと、カリルはああ、とうなずいてワンピースの裾を無造作に引っ張った。やめてくれ。
「これか?レイアがくれたんだ」
カリルの口から出た意外な名前に、フォリオは驚いた。
「・・・どうして姫が?」
「レイアがさ、暇ならこの後のパーティで一緒に食事しないかって言ったんだ。一応断ったんだけど、出される料理、いくらでも持って帰っていいとか言うからさー、ほらこれ土産。飯まだだろ?」
そう言ってカリルは手に下げていた大きな紙袋を掲げて見せた。言われてみればすごくいい匂いがする。じゃなくて。
「・・・それで?」
「それでって、そんだけだけど。パーティ出るのにその格好はまずいからって、レイアが服貸してくれたんだ。んで料理もらってさっさと帰ろうとしたら、使用人の奴がおれの服をゴミと間違えて全部捨ててた」
「・・・・・・」
「この服はくれるってさ。売れば高そうだよな」
カリルはあっけらかんと笑っている。
色々言いたいのに言葉が出てこないのは、まだ自分が混乱しているからだろう。
どうして料理につられてパーティに出てるんだとか、どうして真っ暗な中、そんな格好でひとりで帰ってきたんだとか。どうでもいいことばかりが浮かんで消えていく。やっぱり混乱しているらしい。
横を通り抜けて部屋に入ってきたカリルが、立ち尽くしたままのフォリオを怪訝そうに振り返った。
「リオ?何だよ、さっきから目そらしてさ。響はいいって言ってたけど、やっぱり変か?」
「いや、その・・・」
「ちゃんと人の目ぇ見て話せ」
苛立ちが混じる声に、フォリオは仕方なくカリルのほうを見た。
二度目だからか、今度はわりときちんと見ることができた。
普段とは別人のような姿に少し戸惑いを覚えるものの、今は新鮮な驚きのほうが大きかった。こういう服も似合うんだなぁ、なんてしみじみ思ってしまう。
「おい、リオ?」
「ごめん。ちょっとびっくりして・・・うん。でも可愛いよ」
正直に言うと、カリルは怒っていた目を丸くした。それから顔をしかめ、今度はカリルのほうが視線をそらした。
「・・・よく恥ずかしげもなくそういうこと言えるな、おまえは」
呆れたようにつぶやくと、カリルは乱暴に紙袋の中に手を突っ込んだ。中から何かを取り出す。
「これ渡しとく」
「これって・・・」
フォリオはびっくりしてそれを見つめた。カリルが持っているのは、白い花がたくさん使われた小ぶりのブーケだ。
「ウエディングブーケって言うんだろ?これもレイアがくれたんだ。はっきり言わなかったけど、多分おまえに渡してほしかったんだと思う」
「・・・」
目の前に差し出されたそれを、フォリオはじっと見つめていた。
花嫁のウエディングブーケを貰う意味を、カリルはともかくレイアが知らないはずがない。
「・・・」
「リオ?」
名前を呼ばれ、フォリオは小さく苦笑した。何というか、女の子は本当に強い。すごい。
フォリオは左腕を伸ばした。ブーケから一輪花を抜き取ると、そのままカリルの耳元に差す。カリルが硬直した。
思った通り、白い花は青い髪飾りとよく合っている。フォリオは満足して微笑んだ。
「うん。やっぱり似合うよ」
「・・・だから、どうしてそういうことを恥ずかしげもなく言えるわけ?」
「あれ、もしかして照れてる?」
「照れてねぇ!呆れてんだっつーの!!」




