ピーターパン……どんな味のパンなのだろう
急にルミノース王国から異世界へと転移してきた原因は、謎の人族のくろくまのせいだと聞くグラティア。
そして、一日だけ待ってほしいと言われる。
せっかくなので日本らしい料理を食べることになったグラティア達だが……
◯登場人物
グラティア(慈愛):エルフ族の女性、256歳。ルミノース国生まれ、ルミノース育ち。精霊魔法を使える。
くろくま:人族の男性、25歳。日本生まれ、日本育ち。平凡なサラリーマン。
「なんて名前か忘れたけど、それ凄いやん! グラちゃん食べれる?」
そうなのだ。私が頼んだ【季節の天ぷら盛り合わせと三色蕎麦の彩り御膳】は、なかなかのボリュームだった。
色々な食材を何やら衣でコーティングして油で揚げている天ぷらはサクサクしていて、褐色の透明感のある液体と、若草色の粉につけて食べた。どちらも初めての味だった。
「む、どちらも美味いな。それにこの海鮮が乗っているオードブルのようなのも華やかで彩りがあって良いな」
くろくまに説明を聞くと寿司というらしい。あとは三色のソバと、小さい器がいくつかあって、そこに添えられている一つ一つも、味が繊細で、丁寧に作られているようだった。
「なんかグラちゃんが和食を食べてる姿が違和感しかないけど……まぁたまにはいいやんね。カツ丼もまぁまぁ美味しいで、一口いる?」
「もちろん頂くぞ」
くろくまが箸で椀に乗っている料理を一切れつまみ、私の口の方に運ぶ。
「はい、トンカツって言うんやで。柔らかくて美味しいよ、どうぞ〜」
私はそれを一口で頂いた。
「うむ……柔らかいし、味が染みていて美味いな」
くろくまがにっこりと笑った。
「よかったわ、口に合って。もう昼からは言うてたけど半休にするわ。ちょっと遠いんやけども、新鮮なお魚が食べれるところがあるから、そこに行こっか〜!」
新鮮なお魚……私はその言葉に反応した。
「少し遠いなら、空を飛んで行くか?」
くろくまはびっくりした顔をしている。
「えっ! 魔法で飛べるん!? 僕も一緒に? 飛行機とか飛んでるけど危なくない? あと目立ちすぎたら……まぁ、一日だけやからいいんかな……?」
独り言の多いやつだ。
「とりあえず、この料理を頂いて、少しゆっくりしてからそこに行くか。私だけが美味い料理を堪能してしまってアルドには悪いが……」
そうそう、私が何度か話しているアルドとは、ルミノース王国の中央都市マグヌスで、たまたま出会った人族の男だ。八年ほど前になるが、それから友達になり、ずっと共に過ごしている。
「オッケー! じゃあこれを食べてから、コーヒー飲んでから大阪に行くぞ〜!」
おそらく、このくろくまは悪人ではない。それに私に敵意もないのがわかる。私のことをまぁまぁよく知っている風なのはよくわからんが、今日一日という言葉を信じて、今はこの異世界を楽しむことにしようと、私は思った。
和食の店を出て、同じショッピングモールの茶店で、くろくまの言うコーヒーを頼んだのだが……
「おい、くろくま。このコーヒーというやつ……これはあまり美味くないな」
「あれ、グラちゃんって苦いの苦手やったっけ? まぁコーヒー初めてやと苦さしかないか〜。大人になったら解る美味しさかなぁと思ったんやけど……」
一応だが私は大人だぞ。それもくろくまが25歳と言っていたから、それよりも二百年は長く生きている。まぁ……そんなことくらいでムキになるのも大人げないか。
そのコーヒーを飲んだ茶店で別で頼んだデザートはなかなか美味かった。果物がふんだんに使われているタルトだった。これは似たようなものがマグヌスにもあったが、こちらの方が味が洗練されている気がするな。
◇ ◇ ◇
「さて、そろそろその大阪とやらに行くか」
私とくろくまはひとまず職場に戻り、着替えてから再び外に出てきた。
「グラちゃん、聞いても仕方ないかもやけど、飛んでる時って何か心がけておく事ってある……??」
「ん〜、特にないな。ほら、手を出せ」
くろくまの手をしっかりと握り、私は風の精霊ウェントゥスに願った。
私とくろくまの周りに、ゆっくりと風が吹いてきて、私達をふんわりと浮かせる。
「わ、わ、ホントに浮かんでる! これ急に落ちたりせーへんやんね? 大丈夫?」
「心配性な奴だな……しっかりと手を握っておけ。いくぞ!」
私達は異世界の大空へと飛び上がった。
空はルミノースと変わらないな、そして精霊も同じく存在していた。
私は少々不安になっていたのだが、精霊達がいることを知り、全くの別世界であっても、なんとなく親近感を覚えたのだ。きっと……世界は繋がっていると。
くろくまを引っ張りながらだから調整が難しいが、私はあまり速度を出し過ぎないように、その大阪の方角へと向かった。
元々いたところは神戸という場所らしいが、感覚で言うと、中央都市マグヌスから港町ポルトゥスくらいの距離だな。もちろん景色は全然違うが。
「異世界の地上の景色も、捨てたものではないな」
私はくろくまに言う。
「わっ! わっ! 僕ピーター・パンみたいになってる〜!! 凄いなぁグラちゃん!」
ピーターパン……どんな味のパンなのだろう。私はそう思ったが、無邪気にはしゃいでいるくろくまをそっとしておいてやった。
しばらく飛んでいると、
「あっ、グラちゃん、あのでっかい建物がいっぱい建ってるとこの、少し横らへん。指を差してるあの辺りに降りてほしいんやけど」
「うむ、わかった」
地上に激突しないように、ゆっくりゆっくりと速度を落とし、くろくまの指定した場所辺りに、ふわりと着地した。
「わっ! コスプレ姉ちゃんとスーツの男が空から降ってきたで!!」
なんだか騒いでいる人族がいたが、無視をする。




