私が腹を空かせているのを気遣ってくれたようだ
ある日、グラティアはいつものルミノース王国のマグヌスの集合住宅ではなく、
日本という国の、くろくまという人族の住む、マンションの一室で目覚めた。
グラティアはどうなってしまうのか……?
◯登場人物
グラティア(慈愛):エルフ族の女性、256歳。ルミノース国生まれ、ルミノース育ち。精霊魔法を使える。
くろくま:人族の男性、25歳。日本生まれ、日本育ち。平凡なサラリーマン。
くろくまが渡してきた、紙の切れ端を機械に差し入れ、くぐり抜けた先には、巨大な鋼鉄の怪物が横たわっていた……
「おい、今からコイツと戦うのか?」
「え、戦うっていうか……これが電車ですよ〜。魔法で潰さないでくださいね」
電車と呼ばれた鋼鉄の怪物の中に、どんどん人族が乗り込んでいく。どうやら怪物ではないらしい。
くろくまの住む街もマグヌスのようにまぁまぁ賑わっているようだな。結構な数の人族がその電車の中に入ってきた。
マグヌスとは、私の故郷ルミノース王国にある五つの都市の中でも一番大きな中央都市マグヌスのことだ。エルフ族、魔族、人族、獣人族の需要に応えるためもあると思うが様々な商店や飲食店が軒を連ねている。この街はおそらくだが人族だけが住んでいるような感じだな。
というか、さっきから気になってはいたんだが……
「えっ! あれってコスプレ!? エルフちゃんじゃん! 超可愛い〜!!」
「今日って何かイベントあるのかな〜? こっそり写真撮っちゃお、えいっ!」
なんだか、カシャカシャとかピロリンとか、人族が手に持つ板切れのような物がやかましい。
「おい、くろくま。この電車というのは何か窮屈だな……」
「ちょうど通勤ラッシュやから混んでるんやわ、ごめんねグラちゃん。あと五分くらいやから」
その間も、何やら車内はザワザワとしていた。
それにしても、この世界の人族は板切れを眺めるのが好きなのだな。一心不乱に板切れを指で触ったり顔を近づけているが……何が楽しいんだ?
電車が停まり、扉が開いた。
「ここで降りるよ〜」
くろくまの案内のもと、電車を降り、自動で動く階段に乗り込み、また外に出た。
「どうでもいいが、なんだか忙しいな」
「あはは、まぁ確かに。休みの時は僕もゆっくりしてるんやけど、仕事の通勤の時はちょっとバタバタしてるかも。あ、ここが牛丼屋さんでーす!」
透明な自動で開く扉に入ると、なんだかマグヌスの市場のような少し活気のある声が聞こえた。
「いらっしゃいませ〜! えっ!?」
その、えっ!? はなんだ。
「いつもはカウンターなんやけど、二人やからテーブル席にしよかな。グラちゃんこっちですよ〜」
くろくまに案内されるままにテーブル席につく。
カウンターには、様々な人族の老若男女が座って食事を頂いていた。
「グラちゃん何食べますか〜? 僕はいつも玉子かけごはんに牛皿のやつにしてるんですけど……」
くろくまのもつ板切れにも料理の一覧が出ていたが、私は店に入る時から実は決めていたのだ。
「私はこの【お肉たっぷりのオススメ朝定食】というやつにするぞ」
「意外と悩まないんですね〜、それもグラちゃんらしいな……はい、注文できましたよ〜」
私らしいって……コイツに私の何がわかると言うのだ。くろくまは板切れを指で操作し、食事の注文を終えたようだ。
しばらくしたら、店員が料理を運んできた。む、なかなか仕事の早い店員だな。私が腹を空かせているのを気遣ってくれたようだ、感謝する。
「朝ごはんお待たせしました〜。では、いただきまーす!」
「うむ、いただきます。ん……美味い」
くろくまが私の食べているのを見て笑っている。なんだかアルドを思い出してしまうな。
「でしょ〜? 朝はしっかり食べると元気が出るんですよね。あ、お肉にこの紅生姜を乗せて食べるとさっぱりして美味しいですよ〜」
「ベニショウガというのだな、この赤いやつは。では頂こう」
ちなみにベニショウガは食べ放題らしい。なんと寛大な店なのだろう。ん、少し酸味があるが、確かに味の濃い肉と共に食べると、ちょうどさっぱりして口のなかのしつこさを和らげてくれる。
「ごちそうさま、美味かったぞ。支払いは金貨でいいのか?」
私はルミノース金貨を懐から取り出す。
「えっ! いやルミノースの通貨は使えないですよ〜。てか、もう支払いも済んでるから大丈夫。さ、電車の時間もあるんで、店を出ましょう。仕事仕事〜!」
あ、そうなのだな。というかくろくまは仕事と言っていたな。
店を出て、また電車に乗り、くろくまの職場へと向かう私達。
「おい、くろくま。お腹がいっぱいになったから凄く眠いんだが……」
「はいはい、そういう設定ですからね。着いたら起こしてあげるからゆっくり寝てくださいね」
そういう設定とはなんだ。しかし、眠気には勝てないので、私は電車に揺られながら座席で眠りについた……
◇ ◇ ◇
「グラちゃ〜ん! 降りる駅に着きましたよ〜!」
ん……完全に寝てしまっていたようだ。なんだかくろくまが少し照れたような顔をしているが、何故だろうな。
「エルフコスプレの可愛い子ちゃんとくっついて羨ましいな〜、アイツ!!」
電車を降りる時に、平民の格好をした男が捨てゼリフを吐いていた。コスプレとはなんだろう……
「あ、そうそう。今更なんやけども……僕、仕事してる間グラちゃんはどうする? どこかで待っとく? 途中休憩には出れると思うけど……」
なんだかさっきより話し方が図々しくなってきたくろくまが聞いてきた。
「待っとくも何も、勝手がわからぬ世界で私一人でどうすると言うのだ?」
「あはは……そうやんね……とりあえず職場まで行こか〜」
私はこのまま、自分の世界に帰ることはできないのだろうか……
グラティアはくろくまに付いていき、電車に乗ったり、牛丼屋さんで朝ごはんをいただく。
コスプレ、コスプレと騒ぐ人族が少し気になるが、結局くろくまの職場に付いていくことになったが……?




