第十五話「救出」
少し風呂が恋しくなってきた。温泉は贅沢だろう。せめて山中の川でもいいから水浴びすればよかったと心の底から思う。
一様百合の持つ袋の中にはボディーソープ、シャンプー、リンス、洗顔料が備わっている。勿論、洗おうとしても手に入れた飲料水は貴重なので使えない。
「ねぇ、葉吏くん、私って今臭ってる、、?」
「、、、ご想像にお任せします。」
「それそうだよね、多分そういう間だよね」
葉吏も含めてそうだが、この世界はほぼ全ての人が風呂キャン、というより浴槽レス状態だ。一度洗えてもまた数日は洗えないかもしれない。
「百合さん、今から彼氏さんに会うんですか?このご時世、もし臭おうが誰も気にしませんよ。」
「う、それもそう、、かも、、」
ゾンビに嗅覚はあるっけ?と考え出すが、結論を出す前に扉の前まできた。後は開けて入るだけだ。二人は足を止める。
すると葉吏がドアの横へ歩き、振り返る。
「レディーファースト」
「使い方間違ってるよ葉吏くん」
「まぁ冗談はさておき、、百合さんももう気づきませんか?」
勿論わかっている。初めは誰もいないんじゃないかと思わせるくらい、外から見ても中が綺麗に感じていた。
だが、見えるのは散乱したものだらけになった異様な光景だ。まさに、逃げた。そう言っているかのようだ。
「残念ですが、私の予想が的中してしまいましたか。一先ず、ゾンビの彼の安否を確認しましょう。」
「そう、だね。」
二人は少し寒く感じるような暗い空間に足を運ぶ。まだ日の当たり方が良いため、懐中電灯を探さず、このまま目視でも十分見える。
が、いくら走り回ろうがゾンビも人もいない、既にもぬけのからのようだ。
「なんで、、?あの人たちは何でここを出たの?」
「百合さん、貴女は何かしらの経験があり、彼を信頼しきっているんですよね」
なんでそれを、、と思うがその疑問より、自身の疑問が消えることが先だと判断し、こくりと頷く。
「誰も彼を信頼してなかったんですよ。世界を脅かすゾンビの一体が隠れ家にいるとなれば、彼らにとっての安息地は死と隣り合わせの外と同じです。」
「それはわかる、、けど何で、外に出る必要が、私たちを置いていく必要が、、」
「それも同じです。我々は信頼される状態ではなかった。彼らの中の誰かが別で安息地でも見つけていたのでしょう。食料が不足し始めるとなればここは用済みとなり、こうなったと考えます。」
葉吏の言っている事は納得できるが、少しモヤっとして納得がいかなくもなる。
「それが本当なら、ゾンビの人はどこに行くことになるの?さっきからどこにもいないのに、」
「それなんですよ。彼らにとってゾンビである彼は不要、外に追い出したらここらで待つか我々の行った方面に歩いてくるでしょう。」
そのどちらでもない、だからこそ違和感がある。確実な見落としがあると、、
葉吏は昨日のことなど鮮明に覚えていない、だが、日記には細かく書くよう努力していた。なら、そこに答えがあるんじゃないかと踏んだ。
「、、荷物」
「え?荷物、、?」
「百合さん、昨日私何か荷物運んでませんでした?」
百合はすぐに葉吏が来たあたりの記憶を掘り返してみる。確かに、マーシーさんに呼ばれ、ヘトヘトになって帰ってきていた気がした。
「あ!葉吏くん奥の方に行ってたよね、どこの何を運んだのか覚えてないの?」
「ええ、もう飛んでしまいました。でも確かバックヤードに行っただけですが、可能性は高いです。」
ほぼ確実と言っていいだろう。バックヤードで監禁されているとしたら二人が見ていなくてもおかしくはない。
ここから先は暗さが増すため、懐中電灯を手に取り、中に進むことにした。
「、、、これだよね、明らかに」
割と早く見つかった。それもそのはず、ドアの前には明らかにここに隠してますよと言わんばかりにその場所にだけたくさん荷物が積まれてあった。
「あー、思い出しました。ここ付近に何故か運ばされたのでした。」
「う〜ん、早く思い出してよ!っていうレベルじゃないくらいすぐ見つけちゃったんだよね」
とはいえ二人とも暗闇にずっと長居したくはないため、さっさと荷物を退かす。
「重い、、何これ、商品って積んだらこんなに重いの、、」
「2日前の苦労が呼び起こされた感覚です。もう開けてしまってもよろしいですか?」
そう言いながらドアノブを葉吏がひねろうとしたとき、百合が葉吏の手を掴む。
「待って、あの人今私たちを襲っちゃう状態のはずだから血とか準備しないと。」
「そうでしたね。でもその前に鍵が閉まっています。鍵は、、あるわけないですよね。」
殺意を持っていた方の反抗だ。何かを仕掛けていてもおかしくはない。
「仕方ないですね、、百合さん、必需品を持ってきておいてください。開けれるようにしておきます。」
そう言って葉吏は内ポケットから小さく長めの針金のようなものを取り出す。
百合にもわかる。多分その針金っぽいもので解錠しようとしていると。
「とりあえず私たちが持って来てたバッグ、、あれ?もしかして捨てられてたり、、」
一気に不安が押し寄せて来たが普通に置かれてあり、中身も変化がないとわかり安堵する。
「えぇ〜っと、一様マウスピースも持って、、あ、後タオルとか、荷物運びやすそうなバッグとか、着替えとか、、」
「お待たせ〜」
「あ、百合さ、、」
葉吏が振り返って見たのは大量の荷物を抱えて来た百合だった。
多分必需品を持ってくる、をこれからの必需品まで含めて持って来たんだろう。だとしてもあまりにも多過ぎる。
「そこまで頼んでなかったです、、。」
そう言いきった瞬間、解錠した。これで入れるようになったため、突入準備に入る。
第一に必要なのは血液パック。次に噛まれても大丈夫なように腕に大量のタオル等で疑似防護服のようにする。
「本当に百合さんが先陣を切るんですか?やはりボクがする方が」
「いいよ、私がやりたい、、ううん、やらないと」
初め会った時とは真逆。琉導が百合のいる個室に入り手を取ったあの時とは違い、今度は百合がゾンビのいるであろう部屋に入り、救う番。
「わかりました。では、開けます。」
その葉吏の言葉と共に扉は開かれる。最悪の予想とは違い、開けてもゾンビが襲ってくる事はなかった。
だがゾンビはいた。あの隣にいたゾンビで間違いない。
そのゾンビは手を縛り吊るされ、無気力な状態でいた。
「、、!なに、、これ、、」
その言葉で葉吏は部屋の中に入り、辺りを見回す。
争った形跡のない埃のだらけの部屋に、ただ一人のゾンビが手を縛り吊るされた光景。
そして辺りは血が飛び散った無惨な部屋だ。
「我々の想像とは違うベクトルの最悪でしたか。」
「うん、それに、マウスピースも外されてる。」
外すことに関しては本当に意味がわからない。単なる嫌がらせにしても危険過ぎる行為だ。死ぬのが目に見えている。いや、殺す気だった可能性もなくは無い。
「百合さん、私がこの左腕を差し出しておくのでその隙に」
そう言って葉吏が左腕にタオルや衣類をぐるぐる巻きにしたとき、ゾンビの腕を縛り吊るしていたロープのようなものがハラリと解けた。
現在琉導自身は脳を働かさず疑似的な睡眠状態となってシャットダウンしていたため、今回の飢餓状態に抵抗する意思はない。
よってリミッターの完全に外れた獣となってしまった。
「気をつけてください、、少し、様子がおかしいように見え、、」
ゾンビは狙いを定め、ダッシュで向かって来た。狙いは葉吏。好都合だと、左腕を差し出すがゾンビは無視して肩に噛みつこうとする。
「百合さん隠れてください!」
その言葉と共に葉吏はゾンビを蹴飛ばし、百合の逃げる通路を確保する。
「この状態の彼相手ではボクは百合さんを守りながらで戦えません!」
その言葉には説得力があった。百合もゾンビを見てそう感じていた。離れたくない感情より、邪魔になってしまうことが悔しくてたまらない。それでも百合はドアの外へ出ていく。
「血液パックは!?どうやって止めるつもり!」
「あ、投げてください!案はあります!」
そんなにゆっくり話している隙にゾンビは立ち上がり、再度葉吏を狙う。
「くっ、もう来るのですか、、百合さんそれを開けたままで放り投げてください!血は多少こぼれ落ちる前提なので適当でいいです!」
「わかった!もう投げとくね!」
そう言って百合は開封された血液パックを投げ捨てる。
その間に葉吏は一か八かで先ほど狙われた肩を差し出す。狙い通りゾンビはその差し出した肩に飛びつこうとした。
「助かりました。あとはこの一撃を決める、、!」
葉吏のタオルなどで巻いた左腕による拳がゾンビの顎に綺麗に直撃する。
葉吏にとってこれ以上のチャンスはない。急いで落ちた血液パックを取る。
「、、よし。後、、」
背後を向くと既にゾンビは立ち上がりこちらに向かって走っている。
「うっそ、、」
葉吏は急いで血を口に含み吹き出す。その吹いた血の内数滴がゾンビの口に入り、動きが止まる。
「念の為にもっと飲ませますか。」
葉吏は手に持つ血液パックの残りの内半分を飲ませる。
「終わりましたよ!」
その言葉で安堵すると共に百合が顔を覗かせる。するとそこには口周りが血だらけの葉吏と口をタオルでいっぱいにされているゾンビがいた。
「ええ!?何してるの!?てか葉吏くん大丈夫!?」
「ええ、なんとか。あ、彼は文字通り口封じしておきました。」
「うん、ちょっと拷問みたいに、、って動いてない?」
よく見ると足をカタカタと揺らしているのが見える。でもこれだけでは正気に戻ったかわからない。
「ねぇ君!私!百合だよ!見えてる?聞こえてる?」
ゾンビはその問いに対しゆっくりと首を縦に振る。
そう、琉導は既に正気になっていた。受け答えが一様できている。
「(いや本当に申し訳、、って葉吏くん!?血ぃ吐いてますけど、、)」
その答えを代わりに質問するように百合が琉導の口に詰められたタオルを取り出しながら答える。
「ねぇ葉吏くん、その血ってなに?」
「ああ、これ血液パックを口に含んで吹き出した時についた血ですね。」
「え?な、なんで葉吏くんの口に?」
「いやー、あの、最初は血液パックの血を思いっきりかけようと思ったのですが、パックの口が小さくて、広範囲の方が血がかかるかなと思い、、」
この発言で琉導は葉吏の決死の案に称賛すべきだが、らしくなさ過ぎるのが違和感に感じてしまう。
わかっていた現状だがことさんたちはこの場から消え、残されたのはたった三人となってしまった。
新しく旅をすることになるであろう葉吏は戦闘も結構できる側で、対話も最強のこの世界に最重要な人材だ。
「あのお二人とも、準備が出来次第、いかないといけないところがあります。」
「行かないといけないところ?」
「(行かないといけないところ?)」
三人はその日のうちに琉導と百合が出会った病院に着いた。葉吏は長旅用に消費してしまった血液パックたちの補充をしようと考えていたらしいので、百合の案内の元、迷いなくたどり着いた。
「随分とゾンビがたむろしてますね。あ、駐車場側はゾンビいませんね。あそこならボクと百合さんも行けますよ。」
「(葉吏くん、俺の道を一瞬で、、)」
病院侵入は前回の琉導のときと変わらずゾンビがおらず、簡単に侵入し、バキバキに折れた部品たちがたくさん散らばる階段を上り輸血室にたどり着く。
「このバッグ大きいし薬とかも入れといた方がいいよね」
「そうですね。あと、ボクたちの血も使えるように注射とかも持ちますか。」
これであと必要なものはほとんどは一階にあるため、すぐ階段を降りることになる。
「(うう、役目がない、これじゃ本当にっ、)」
琉導は足を滑らせて落下し、ガラスなどの散らばる地面に落ちる。
「(デジャブ、、)」
「大丈夫ですか!」
「大丈夫だよ、葉吏くん、あれも無傷になるはず」
勿論百合の予想通り再生するが、恥ずかしさで立ち上がれない。
二人に介護されながら降り、一階で薬や必需品を回収することができた。
「じゃあこれから帰って一旦休む?」
「そうですね。時間的にも1日経過してから動きましょう。」
帰りはゾンビはいたものの距離が離れていたため、バレることなく元の道から脱出することができた。
「ここ一回出たんだよ、ゾンビ。」
百合は山の周りを警戒するが見た感じはいないように見えたため、ゾンビを介護しつつ駆け足で帰宅する。
スポーツショップでは次の目的地についての話し合いが始まった。
「ねぇ、田舎ってありじゃない?」
「ありですが多分遠いですね。塀などで囲われた施設や公園などはこの辺りにあるかわかります?」
話している二人とゾンビ一人、全員がこの辺りを全て把握しているわけではないためわからない。だが、一つ候補がある。
「多分人いると思うけど、スタジアムが近くにあるよ。」
「、、、交渉すれば行けますかね?」
「いや、行くしかないんじゃないの?ギリギリまではここに居ていいけどね」
ここから数日の安息の後、彼らは新天地へ足を運ぶことになる。




