第十話「安息へ、安全に」
受けきれなかったバットの攻撃により琉導の右腕の掌側の4分の1が力なく垂れる。
「(このままだと変な治り方になりそうだな。治ってる原理知らないし、右はとりあえず使わないでおこう。)」
琉導はこのパニックに動じない。目の前のこと見失う行為に嫌気がある。不安はあれど、思考は鈍らない。冷静沈着、だが話せない。それが今の琉導という男だ。
琉導は百合の前に出てじっと男を見つめる。
「庇った!?はっ、はっ、」
琉導をバットで殴った男はパニックに動揺が混入し、もはやゾンビよりも狂気に満ちた魔物と化している。
「(まずいな、俺だけだと多分止まらないぞ。この男、さっきのゾンビより厄介、、)」
「あ、あ、あ、ありえない!幻覚だ!俺に何をした!早く出てこい!俺を殺すのか?おい!」
男はバットを振り回し始め、近かった琉導の腹部にヒットする。百合が駆け寄ろうとするがバットを振り回す男の前では下手な行動は許されない。
琉導は倒れるまではいかなかったが、少し肋が折れている感覚がある。
「(俺ってこんなに折れやすかったか?バットでブン殴られたのは初めてだけど、、いや、それ以前に、本当にめんどくさい。どうするのこいつ。)」
少し苛立ちが含み始めるようになる琉導。
第一、この世界では人間は協力していかないといけない。一人狂うと崩壊はもう目の前だ。
原因はゾンビである琉導ではあるが、冷静さを持つことがゾンビ世界の絶対条件なのは事実だ。
「とぉぉぉぉまぁれぇぇぇ!!」
突如聞こえたその大声はこの場にいた全ての人の内臓を揺らすほどであった。
声を出したのは百合に話しかけていたあの女性だ。
おかげで男の手が緩んだ。
「ほらあんたたち!そいつがまた暴れないようにさっさと取り押さえな!」
その声で人々は根を張りかけていた足を持ち上げ男を取り押さえた。
男はまだいろいろと叫んでいるが気が狂いすぎているからか若干何を言っているかわからない。
「(おばさん、、、、マジのマジでナイスすぎ!)」
「だっ、だだ大丈夫?右手あたりと腰あたりは、、、また治ってる、、、。」
百合は心配と困惑が混ざり、戸惑いを隠せない。
「ふぅ、、大丈夫かい?あんたたち。」
先ほど声を上げていた女性が声をかけてきた。顔は強張っているが、多少の信頼があってこその行動だろう。
「は、はい。彼も、、無事?です。」
「一様聞かせてもらうけど、、襲わないのかい?あとどうして?」
「えぇっと、、、」
今言われてようやく理解する。百合はゾンビ化した彼についてほぼ全て知らないこと。どうしてに対しての回答が見つからない。
「、、彼は私が病院の一室に閉じこもってた私のところに入ってきたの。それで一度は襲おうとしてきたけど、急に正気に戻って、、あ、これは後になって血液で多分正気に戻るんじゃないかなって。それと声が出せなくて、、あ、手とか動かなかった?ちょっと動かしにくいだけかなって思ってたけど、、」
琉導はゆっくり百合に向け首を縦に振り、YESサインをした。
そこで一度手の動きを確認する。
それでようやく異変に気づく。前腕までもが動かしにくいのだ。
原因として有力なのは勿論先ほどのバット。それでも腕は外見だけだと形は綺麗に見える。
「あ、そうだったんだ。ごめんね。ちゃんとわかってなくて。で、話を戻すけど、、」
「いいよ。襲うことはあるが対策ができる。それなら害はないって判断できるよ。」
「ほんと!?ありがとうございます!」
「まあ、あんたたちのことを警戒する目は消えないさ。そのバックに血液ぐらい備蓄してるんだろ?元々私らは交代で外の見回りをしてる状態だった。血を飲ますことくらいはみんなしてくれるはずさ。」
本当にいい人でしかないおばさんだ、と琉導は思うが心の中の輝きは表情まで届かない。少し睨まれてる感じがし、女性は寒気がしている。
「あの、じゃあここにいても、、」
「ああ、いいさ。食糧的にもって数日だけだろうが、よろしく頼むよ。私はことさんって呼ばれてるからそれでいい。後の人たちはひとまず落ち着いてからにしようか。」
ひとまず休憩だ。これでようやく緊迫した空気が数日なくなるだろう。
いや、そんなことよりもここへきた理由を忘れてはならない。マウスピースを探していたんだ。最初の達成感と彼らとの出会いの出来事が大きかったのは仕方がない。
琉導は百合と目を合わせ、歯と歯をかちあわせ、合図をする。
「え、、あ〜、、あ!そうそう!そうだった!マウスピース!」
「マ、マウスピース、、?」
「彼の歯を覆うの!そしたら暴走しても多少の時間は噛まれても平気でしょ!」
全て代弁してくれた。この察する能力の高さは今もこれまでもこれからも貴重な力だろう。
「(ああ、もう翻訳家になってんじゃん。能力値頼もしさ100越えかよ。)」
「マウスピースねぇ。あんたよく考えたね。」
「でしょ〜。後私は花幡百合って名前。彼は喋れないから名前はわからないけど。」
ことさんは少し笑い、琉導の方に向かいニヤけながら琉導に目を向けた。
「そうかい。じゃあ一旦何か喋ってみなよ。」
「(んな無茶振りを、、)」
そう思いながら琉導は声を出そうとする。勿論呻き声しか周りには聞こえない。
「はっはっはっはっ、よくここまで来れたもんだよ。会話なしで一体どれだけ、、。若い子は私らの無茶も可能なことなのか。、、それはそうと、マーシーさん。」
そうことさんが言うと少し色黒の男がことさんの元へやって来た。
「紹介するよ。この人はマーシーって呼んでるけどここの店長さんだ。」
「ったく、自己紹介くらい俺からさせてほしかったなぁ。」
そう言いながら彼は早速後ろを向き、歩き始める。
「マウスピースだろ?すぐ取ってくるからそこで大人しく待ってろ。」
「ありがとうございますマーシーさん。」
少し小柄ながら、その背中には信頼されている跡があるように見えた。
割とすぐにマーシーさんは戻って来た。手にはマウスピースがある。
「ほれこれ、一様3種類持って来たが、、まあこれでいけるだろ。おい、口開けれるか?」
琉導が口を開けると、マーシーさんは手際良く琉導の歯にマウスピースを付ける。これによってようやく安息地が再構築された。
「ここのことは俺に聞いてからにしろよ。ゾンビを入れられちゃうともうダメだからな。」
「もう入れちゃってるけどな」
「うるせぇ」
ことさんの言葉に顔が「それ言うなよ」と言うかのように不機嫌そうで、少し面白い。
だが、その少し厳つい見た目とは裏腹にリーダーとしての真面目な性格が、この場を安全にする役目となっているのだろう。
空気は静寂ながら、和やかさを保っている。




