フィアという名前。
ガサッ
ガサガサッ
バサァッ――
「なんや!?」
次の瞬間。
シュッ!
シュッシュッシュッ!
何かが目の前を横切った。
「速っ!?なにもんや!?」
思わず目で追う。
スタッ。
軽やかな音と共に、それは俺の目の前へ着地した。
「……ネコ?」
頭には猫耳。
腰からはふさふさの尻尾。
どう見ても猫だった。
すると少女は目を丸くする。
『こんにゃ所に人間かにゃ!?』
「えー!?猫が喋った!?」
『猫じゃにゃい!』
「えっ!?どー見てもネコやん!」
『ネコじゃにゃい!』
「でも耳と尻尾生えてるし、どー見てもネコやん。」
『獣人にゃ!』
「いや、ほぼデカいネコやん!」
『違うにゃー!女の子にデカいとか失礼にゃー!』
ガブッ。
バシバシッ。
「痛い痛い!ちょいごめんって!」
思いっきり飛びつかれて引っ掻かれた。
「それは確かに悪かった!ビックリしてもて、つい。」
元ガールズバーオーナーだ。
女の子に失礼な事を言ってはいけない。
褒めて伸ばす。コレが鉄則だ。
「いやでも可愛らしい耳やな!」
『にゃ!?』
「尻尾もふわふわでめちゃくちゃ可愛いやん!」
『そ、そうかにゃ……?』
ぴこぴこっ。
少女の尻尾が揺れる。
チョロかった。
『それにしても人間がこんな所で何してるの?』
「あっ、語尾がにゃって使ってたん!?」
猫娘がハッと目を丸くした。
『ちっちっちがうにゃ!元々にゃ!』
「いや、無理せんでええって!」
『むっ、無理にゃんかしてにゃいにゃ!』
「無理しすぎてさっきよりにゃんにゃん言うてるがな!」
『そんにゃこちょにゃいにゃ!』
「あっ、こちょとか言うてもとるやん。」
『キャーッ!!』
ガササッ!
猫娘は顔を真っ赤にしながら茂みへ飛び込んだ。
「待って待って!ごめんって!」
「興奮したらネコっぽくなってまうだけやんな!」
「俺が悪かったから!出てきてくれ!」
猫娘が恐る恐る茂みから出てくる。
『そっ、そういう事だにゃ!』
「ほな落ち着いて話しよ!」
俺はこの世界の事をまず知りたい。
そのためにも、この子の機嫌だけは取っておかなアカン。
接客業で培った経験が、まさか異世界で役立つとは思わなかった。
「実は…」
ちょっと待てよ?
異世界転生とか言っていいのか!?
いや、ダメだよな。さすがに。
『実はどうしたの?黙ってるけど。』
「あっ、いや、冒険してたら迷子になっちゃって。」
『なるほどね!お兄ちゃん迷い込んじゃったんだ!』
「お兄ちゃん!?」
『うん!お兄ちゃん!だって私より年上に見えるもん!』
獣人なんて初めて見た俺は年齢なんてわからない。
「失礼やけど君何歳なん?」
『女の子に年齢なんて失礼だよ!』
『それに君じゃ無い!私にはフィアットって名前があるの!』
「あっ、ごめん!俺は只野翔斗!」
『タダノ・ショート?』
『ぷっ、変な名前!』
猫娘に笑われた。
少し腹が立ったのでからかってやろうか。
いや、ダメだ。ダメだ。
そして俺はフィアットの村についていく事にした。
森の中を歩きながら、俺はフィアットからこの世界について色々と話を聞く。
国の名前。
種族の事。
魔法の事。
そして――
俺が今いる場所の事を。
「なるほど。色々教えてくれてありがとう!」
『えへへっ!』
「それにしてもフィアットって長いな。」
『そう?』
「今日からフィアでええやん。」
『フィア……?』
「愛称みたいなもんや。」
「俺のいた所じゃ仲の良い奴にはそういうの付けたりすんねん!」
『ふぃあ……』
フィアは何度かその名前を口にする。
『そんな風に呼ばれたの初めて……』
そう呟くと、何故か少しだけ嬉しそうに笑った。
ぐぅ〜
少し沈黙が続いた後、空気を割るように俺の腹がなった。
そういえばここに着いて一度も飲食物を口にしていなかった。
『お腹すいたの?』
「せやな。」
少し恥ずかしかった。
「この辺探索してる間、必死すぎて何も口にしてないねん。」
『そうなんだ!じゃぁ待ってて!』
フィアはそう言うと、物凄い速さで森の奥へ駆けていった。
数分後。
茂みがガサガサと揺れる。
『おーい!取ってきたよー!』
フィアが森の奥から飛び出してきた。
その口には赤い果実が咥えられている。
「なんやこれ!?」
それは見たこともない果実だった。
見た目はブドウのように房状に実っている。
だが、一粒一粒はライチほどの大きさがある。
赤く艶やかな果皮は、どこかリンゴを思わせた。
『はい!』
「おぉ!サンキュー!」
俺が手を伸ばす。
すると――
パクッ。
『あっ。』
「おい。」
『あっ。』
「今食ったよな?」
『毒見だよ?』
「絶対ちゃうやろ。」
フィアは気まずそうに視線を逸らした。
俺は苦笑しながら果実を一粒摘まむ。
恐る恐る口へ運ぶ。
シャリッ。
「……うまっ!」
『でしょ!?』
フィアが嬉しそうに尻尾を揺らした。
味はマンゴーに似て甘くジューシー。
しかし後味はパイナップルのようにさっぱりしている。
濃厚な甘味と爽やかな香りが口いっぱいに広がる。
「めっちゃ美味いやん!こんなん初めて食うわ!」
『気に入ってくれて良かった!』
『私もコレ大好きなんだ!村の子供達にも人気だよ!』
「なんて名前の果物なん?」
『ルピアの実って言うんだ!』
『この辺りの森にしか生えないんだ!』
『だから村長が村の外で食べちゃダメって言ってた!』
「えっ!?」
「えっ!?」
食った。
普通に食った。
俺は今、村長に怒られるかもしれない実を食べているらしい。
この後、その村の村長と会うが大丈夫なのか…?
「村長が村の外で食うなって何でなんだ!?」
『なんでなんだろーね?わかんない。』
「おいおいおいおい。食ったよ。」
『食ったね。』
「食っちゃったよ?」
『食っちゃったねー。』
「食っちゃったねー。じゃねーよ!」
「村長に怒られちゃうだろ!」
『大丈夫だよ!村長やさしいから!』
「いや!そー言う問題じゃないだろ!」
『でもお腹すかして倒れてたって言ったら大丈夫だよ!』
「見ず知らずのやつを村に入れるんだぞ?」
「そいつが食べちゃダメな実食べちゃったんだぞ!?」
フィアはうんうんと頷いた。
『そーだねー。』
「そーだねー。じゃねーって!」
「何でそんな落ち着いてんねん。」
『でもお腹空いてたら仕方ないじゃん!』
「いや、そうなんやけど。」
「そうなんやけどなぁ……。」
まぁフィアの言うことも確かにそうだ。
だが大丈夫なのか…?
しかし食べてしまったのは仕方がない。
俺は腹をくくって村に向かう事にした。
『あっ!』
ビクッ。
「びっくりした!急に大声出すなよ!」
俺は腹をくくったものの内心ビクビクしていた。
『見えてきたよ!』
『あそこが私の村!』
フィアが指差した先には、柵に囲まれた小さな村があった。
俺は思わず息を呑む。
ついに――
人の住む場所へ辿り着いたのだから。
俺の異世界生活は――
どうやらここから始まるらしい。
本話よりフィアが登場です!
作者としてはかなりお気に入りのキャラクターなので、可愛く書けていれば嬉しいです。
次回はいよいよフィアの村へ。
獣人達との出会いや、この世界についても少しずつ明かされていきます。
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