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第八話 別れ道

15日目

 痛ったぁ。家の補強をしようと思ったんだけど、木片で指を切っちゃった。まぁ、これくらい我慢すればいいか。

「琴音…それって。」

 絶望を露わにした表情でこちらを見つめてくる。大丈夫、大したことじゃないよ。

「…死ぬのか?」

 なんでそうなる。ニコの顔色は、指先を切った程度とは思えないほど青ざめていた。そんなことを思っていたのも束の間、私の腕を引っ張り外へ出ようとする。

「ちょ、一旦落ち着いて!」

 私の制止を無視し、飛び出す。そのまま家の裏側へ向かう。お手伝い人形置き場だ。白いガラクタの方へ近づき、ニコは叫ぶ。

「治療開始!」

 もちろん反応はない。動揺と恐怖がニコを支配しているように見える。私が何とかしないと。

「...ニコ、私を見て。」

 肩を抱き寄せ、目線を合わせる。慌てふためく少女を静観し、落ち着き始めるのを待つ。時間がたち、一時の静寂の後、宥め始める。

「落ち着いた?私は生きてるし、死ぬつもりはないよ。」

「でも、傷が...!」

 少しの痛みをこらえ、できる限りの笑顔を見せる。そろそろ落ち着いてもらわないと、奴らに気づかれる。

「...駄目!早くしないと病気になっちゃう!」

 駄目なの?そんなに気にしなくてもいいじゃん!そんな細かいこと、どうだってなる!

「大丈夫大丈夫!なんともないよ!」

「でも!...でも...。」

 その日は、結局押し切る形で終わった。

16日目

「やば、傷口が腫れちゃった。仕方ない…消毒液とか使うか。」

 この時に気づくべきだった。引き攣った顔をして家から飛び出しているニコのことを。もしも昨日、しっかり治療をしていれば――悲劇は起きなかったかもしれない。


 一型を起動して、三型の予備パーツと医薬品の場所を聞く。どちらかじゃない。どっちもなきゃいけないんだ。

「アップデート中」

 こんな時に限って。なら一人で行くしかない。今まで行ったことのない遠い場所を探せばあるかもしれない。だから。できる限り遠くへ行くんだ。

「どこへ行けば良いんだ?」

 がむしゃらに家を出たのが仇となった。周りは見られない建物だらけで、大きな赤色の塔だけが目印だ。だが、不思議と視線は下を向いていた。目印も見ないのに、どうすればいいのか?そんなことを思っていると、鉄の棒が地面を走っていることに気付く。この棒は知っている。

「線路だ…辿れば駅に着くかな?」

 ひとまず目的地と帰り道が決まったこの。無機質な線路が、私を先へ連れて行く。


 家から遠く離れた場所に着く。周りの風景は初めて見るが、なぜか新鮮味がない。しばらくすると大きな駅を見つけた。まるで迷宮のような道を、私の体は難なく先へ進む。やっぱり何かおかしい。私はここに来たことがある気がする。いや、あるんだ。それに、06という名前がまだ頭の中に張り付いている。

「私は誰なんだ...」

 私には、琴音が悪魔に見えてならないの。何か騙されているような、何か隠している気がして。そうか、だから私は今、一人になろうとしたんだ。信じられなくなったんだ。たった一人の友達なのに。

 分岐の先の曲がりくねった道を進むと、バリケードのようなものが見えてくる。どかしたりするのも面倒だから、さっきの分岐まで戻るか。

 あ、ナイトメアだ。何か伸びてくる。逃げられない。――私が逃げる意味なんて。触手が私の体に絡めてゆく。生暖かく、体の芯から掴まれている感じ。頭の中が真っ白になってく。


 東京駅の地下。夜よりも暗い闇の中で、一人の少女は意識を手放す。二人の物語はここで潰える。これで「ニコの追記」はお終い。


 そのはずだった。すべてが虚空へ消えて消えていく中。一筋の光がナイトメアに射す。

「対象を捕捉。要救助者の救出を開始します。」

 ピンク色で人型の何かが、ヘッドライトの光を当てる。何かに気づいたナイトメアは鋭い触手を伸ばすが、表面を掠めるだけで、止められない。軽く触手をひとまとめにすると、瓦礫を突き刺して動きを止める。そして手早く本体へ接近し、捕縛されているニコとナイトメアを引き剥がす。

「06、救出に成功。対象の消毒を開始します。」

 今度はナイトメアへ向けて何かを投げる。軽く触手に弾かれるが、中から閃光が飛び出し、辺りの視界を奪う。一瞬の隙を逃さず、本体の首部へ刺突。頭部と胴体を切り離す。

「制圧完了。」

 その言葉と同時にナイトメアは崩れ去った。ニコを背負い、バリケードの前まで戻る。撤去すると、修理道具と医薬品、そして無惨な亡骸が出迎える。三型の修理部品と医薬品だけを取り、それ以外には目もくれず、駅の外に出る。

「衛星とリンクを開始...成功。衛星からのライブカメラに接続。ルート検索開始。」


17日目

 扉が叩かれる。それは、彼女らが帰って来たことを告げる。

「ニコ!ニコ!」

 感動の再会をした子犬のようにはしゃぎながら、琴音は扉を開け放った。そこに立っていたのは、体の一部が黒くなった虹心を背負う一型であった。

 少女を下すと、琴音はすぐに駆け寄り、抱き着き涙を流した。

「よかった...」

 安堵の返事は返ってこない。本人が起きることを望むまでは、眠ったままだ。事の重大さを理解し始めた少女の声は、少しずつ震えていった。

「ニコ?...ニコ!アイリス!」

 目元を赤くし必死に声をかけるが、少女は目覚めない。琴音の声だけがこだまする。そんな少女達を尻目に、一型は三型の修理を始める。全ては、更新されたプログラム通りに。

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