第十一話 感情の掃き溜め
登りゆく朝日を背に、赤い女性が立っていた。全ての注意を惹きつけた後、地雷原へゆっくりとその足を進め、そのまま踏んだ。
「え?…え?!」
爆炎が立ち上り、黒い煙が辺りを包む。煙の中からは黒い液体を吐き出しながら、ニコが歩いてくる。アメーバのように体にまとわりつき、形が変わってゆく。その姿は鋭く、丸く、まるでヒーローショーの悪役で…
「ナイトメアの……怪人だ。」
禍々しい七色が、まるで希望を覆い潰しているようで恐ろしい。
怪人はこちらを一瞥すると、敵に向かって走り出す。それに対応するかのように動物型の敵が鋭い爪で叩き伏せようとするが、その腕を軽々と掴み、荒々しく投げ飛ばす。その隙をつこうと別の敵が後ろから迫ってきたが、体の一部を分離し、喉を貫く。さらに体から平べったい物体を出し、上に飛ばす。等間隔に広がり、太陽を背にする。次の瞬間、大量の光線がニコに集まり、一本のビームを放った。ビームを受けた敵は一瞬で燃え上がり、悶え苦しみながら消えた。
「ひぃ…。アレがニコなの…。」
腕の震えが止まらない。こっちに向かってこなかったのはよかった。だが!
「あんなのニコ……いや、アイリスじゃない!」
「アイリスは優しすぎて、能天気で、ちょっぴり可愛かった。なのに…。」
ニコらしき物は止まらない。武器を振り回す敵は凍らせ、複数で迫れば電撃で薙ぎ払う。ひたすらに暴れ、全てを破壊する。
「こんなの…あんまりだよ…。」
扉が開き、帰ってくる。ペチャリと気色の悪い音が響く。体の黒い部分が溶けながらこちらに来る。歩くこともできなくなり、這いずり始める。恐るべき執念だ。
「……ッ!」
咄嗟に台所の棚の隙間に手を伸ばし、慣れない手つきで拳銃を握りしめる。体の芯から冷えてゆくのを感じた。
「なんなんだ…これ。」
息を呑む、溶けた顔の先にあったのは、黒く変色し、羽の生えたニコらしき少女であった。
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イライラして、哀しくて、優しくて、愛おしくて、楽しくて、寂しくて、虚しくて、怖い。
そんな感情が私をぐちゃぐちゃにしている。
「ア、イ、リ、スー!なーにか忘れていないかい?君はなんで琴音の言うことを信じるのかな?」
暗くて、周りが蠢いている世界で、緑の人が話しかけてくる。あなたは誰?
「私はわかるよ…利用されてるの。」
正面にいたはずの彼女は、気づけば耳元で話していた。
「アイリスも、わかってるんでしょ。」
後ろから目を覆われて、視界が開けると目の前にいた。
「もしかして、私を忘れちゃったの?ショックだよー。」
少しだけ悲しそうな顔を見せたかと思うと、喋ろうとしている私の唇に指を置いた。
「で、も!大丈夫!私がぜーんぶ思い出させてあげるんだから!」
頭の後ろに手が入り込む。そのままゆっくりと顔を近づけ、額が当たる。
電気のような痛みが走る。記憶がじんわりと湧き出始める。もしかして目の前の人は…私の親しい人?大切な人?
「私はアイリスの大切な人なのに…なんで黙ってるんだろうねー。」
声が耳から頭の中に入り、強い頭痛を引き起こす。錆びついた記憶の箱を、無理矢理開けられているような感覚だ。彼女は不敵な笑みを浮かびながら、私の頭を掴む。
「やっぱり、覚えてないんだね…可哀想に。」
「全部、思い出させてあげる。」
痛い、やめて。小さくて些細な出来事を、無理矢理考えさせられては、幻覚のように強く見せてくる。あの時の疑問が濁流のように押し寄せる。
開けられないのに缶詰を開けようとするのはなぜ?
二人で行動する時間が少なかったのはなんで?
人が居るはずなのになんでこの街は誰もいないの?
なんでこんなところに津波が来たの?
一型がこの場所に気づいたのはなんで?
塹壕に居た人たちは誰?
なんで私は06と呼ばれていたの?
私が一人飛び出した時、なんで追いかけてこないの?
私は美空虹心?
私はアイリス?
痛みが引き、暴れ回っていた頭の中の何かが急に動きを止める。
「あれ?て、あぁ…もう時間切れか。」
混濁し意識が朦朧としている私の後ろに回り、不気味なほど優しく囁く。
「大丈夫…大丈夫だよ…また会おう…ね!」
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意識がはっきりし始めて最初に認識したのは、琴音だった。
「起きたんだね…よかった。」
ぎこちなく安堵の言葉をかけてくる。優しく笑みを浮かべているが、対照的に私の顔は引き攣る。
「ッ!離れて!」
翼で押しのけ、部屋の隅まで逃げる。今だけは、私から琴音の距離は遠く感じた。息を整える。相手の目を見る。はっきりと、確実に声に出す。
「あなたは、誰なの!私は、誰なの!」
「緑の人は、誰!」
私は、全てが怖くなった。
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