⑦
とある、ランチどき。
私はいつも通り王宮の調理場で繁忙時間を過ごしていた。
「A三、B五!ニコル、Bひとつ、サラダ大盛り!」
「はい!A三、B五!Bひとつサラダ大盛り了解!」
オーバンさんから注文の入ったランチの指示を受けた。Aランチ三食と、Bランチ五食、という意味だ。
ここで働いて一年経ったのもあり、慌てず優先順位を考えてテキパキ働けるようになった…と思う。
メインを料理長と他の料理人二人が作り、私は副食とデザート、オーバンさんは注文を受けながらスープや飲み物を着々と用意していく。
慌ただしい中、またオーバンさんが叫んだ。
「ニコル!カミーユ様来たぞ!」
「カミーユ様……え!?」
いつもならこの時間には来ないのに…。
私がいつも食堂のメニューではなくカミーユ様のリクエストの料理を作るからだろうか、いつも忙しい時間は避けて来てくれていた。
私はサラダを盛り付けながら慌てて食堂の方へ顔を向ける。
今日も銀髪の髪が輝いていてかっこいいカミーユ様は、ジッと私を見つめていた。
「…すまん、こんな時間に」
「あ、いえ…」
言葉を続けようとして、私はカミーユ様の隣に並んだ存在に驚き、目を見開いて固まってしまった。
「あら、あなたが噂のカミーユの専属料理人さん?私、カミーユの友人のメラニー・ギローと申します。よろしくね」
白金のサラサラとした髪を靡かせて、綺麗な微笑みを私に向ける女性。作業していた手を止め、ペコリと頭を下げた。
「は、初めまして…私、ニコル・フォンテーヌと申します!」
「ニコルちゃんね。今日はカミーユと一緒にランチしに来たの。よろしくね」
メラニー様は声も綺麗だ。高すぎなく、澄んだ声。
こんな私にもニコッと女神のような微笑みをくれる。見た目だけでなく、心も美しいということがよくわかる。
「…Bランチ」
メラニー様の隣から聞こえた声の方へ顔を向けると、澄んだ青い瞳は私を捉えていた。
いつもなら私からリクエストを聞くのに…忙しいから別メニューを注文するのは遠慮して、みんなと同じメニューを頼んでくれた。
でも、カミーユ様は私と料理長と副料理長のご飯しか食べれない。今日のランチは料理人みんなで作っているから、ランチの内容全ては提供できない。
「カミーユ様、ランチメニューですと副食とメイン料理なら私と料理長が作っているので提供できますが…それだけでも大丈夫でしょうか」
「ああ」
「え!カミーユがいつも食べてる料理は食堂のメニューじゃないの?私、いつもカミーユが食べている料理を食べたくてここまで来たのに…」
「これだけ忙しい時間に来たんだ、仕方ないだろ」
「だって…一緒にご飯を食べたかったんだもん…」
「我儘言うな」
シュンとしてしまったメラニー様。
その姿も綺麗で可愛くて、思わず守ってあげたくなる気持ちになる。
友人だから気心が知れているのはわかっているんだけど…言葉数少ないカミーユ様がこんなふうに女性に砕けた話し方で会話を続けていることはとても珍しい。
仲の良さを痛感して、ズキリと心が痛んだ。
そんな私の肩をポンッと叩いた人物は、優しく私に声をかけた。
「ニコル、副菜はこっちでやるからカミーユ様とメラニー様の料理を作ってあげなさい」
「料理長…」
二人が仲睦まじく食べる料理を、私が作る。
それにも少し胸が痛むが…料理長はわかっていると伝えるように私に微笑みながら頷き、私だけに聞こえるように声を小さくした。
「ニコルの作るオムライスは格別にうまい。あのふわふわの卵にはどこかホッとする安心感がある。自分に自信を持ちなさい。あの二人に自分の実力を見せつける気持ちで作れば問題ない」
今年五十五歳になるダンディーな料理長。
尊敬する料理長に認められている嬉しさと味方でいてくれる心強さに、私は目を潤ませながら微笑んだ。
そして料理長は視線をカミーユ様達に向け、口角を上げたが…その目は一ミリも笑ってない。
「メラニー様、今からニコルがオムライスを二人分作るのでお席でかけてお待ちください」
「いいの…?お忙しいところ、ごめんなさい。とても嬉しいわ、ありがとう」
ふわりと微笑んだメラニー様は、カミーユ様の腕を優しく引っ張りながら空いているテーブルを目指そうとしたが、「カミーユ様」と料理長が引き止めた。
「先に行ってて」とカミーユ様がメラニー様の手を離す。
メラニー様が一人になった途端、食堂や王宮内にいた貴族達がこぞって挨拶をしに来て、食堂にはあっという間に人の輪ができあがった。
メラニー様の侯爵家は王族の配下であるため、メラニー様と仲良くなりたい人は多いのだろう。
嫌な顔をせず一人一人に綺麗な微笑みで対応するメラニー様は優しく美しい。
そんな女神のような人が、カミーユ様を好き。
しがない男爵家が実家の、下っ端料理人の私なんかが比べ物にならない圧倒的存在。
油の飛んだ自分の制服が急に恥ずかしくなり、裾をギュッと握り締めた。
そんな私の横で先ほどカミーユ様を引き止めた料理長が口を開く。
「気軽に料理が食べれない性格というのはカミーユ様のせいではありませんし、大変傷ましいと感じます。しかし、この忙しい時間に来て、いつものようにニコルの手料理が食べられるなんて思わないで欲しい」
「…すまない、わかっている」
「あと、うちの看板娘は人気者ですから。今回だけですよ。ランチタイムはカミーユ様の独り占めはご遠慮ください」
ニッと笑った料理長をカミーユ様は目を見開いて見つめていた。
…その時、食堂にぞろぞろといつもの顔馴染みの騎士達が入って来る。
「あれ!副団長じゃないですか!珍しい!あ、メラニー様といらっしゃったんですね〜もう、お二人はお熱いんだから!」
どうやらカミーユ様が副団長を勤める第二騎士団の騎士達だったらしい。
彼らはカミーユ様の近くまでやってきて、いつものように私にも声をかけてくれた。
「ニコルちゃ〜ん!今日も訓練キツかった〜!」
「お腹すいた〜!やっぱ昼は食堂のランチ食べてニコルちゃん見ないと元気出ないな〜」
「ニコルちゃん、いつも美味しいご飯作ってくれるお礼に今度ご飯食べに行こうよ!」
「おい、抜け駆けすんな!」
いつものようにギャーギャーと騒ぐ騎士達に、さっきまでのモヤモヤが晴れて自然と笑みが溢れる。
「みなさん、毎日お疲れ様です!今日のご飯も美味しいので、お腹いっぱい食べていってください」
「ぎゃ〜可愛い〜!」「俺たちの癒し〜!」とまた騒ぐ騎士達は、いつもランチタイムに来ては私を妹のように可愛がってくれる。
そんな騎士達にしらけた顔を向けるオーバンさんもまた見慣れた光景のひとつだ。
「はいはい、ニコルは忙しいから話しかけんな〜注文は俺にしろ〜」
「え〜!やだ、ニコルちゃんがいい〜!」と、またギャーギャーと騒ぐ騎士達。
私はいつものオーバンさんと騎士達の絡みを見てなんだかホッとした。私は口角を上げたまま、フライパンを片手に厨房の奥の空いているスペースへ移動する。
…その姿を、カミーユ様にジッと見つめられているとは知らず。
眉間に皺を寄せたカミーユ様を眺めながら、「だから言っただろ」と料理長は楽しそうに笑っていた。




