⑤
ーー翌日の朝。
ランチタイムで使う食材を運んでいたところ、王宮の廊下でカミーユ様に会った。
ばったり鉢合わせをすると思っておらず、またしても昨日と同様にお互い目を見開いて固まった。
「あ…カミーユ様、お疲れ様です!」
「…ああ」
なんとか声を絞り出したら、ちゃんと返事をしてくれて嬉しかった。
「今日は護衛ではなく騎士団の訓練の日なんですね!訓練用の制服も似合ってます!」
「…ああ」
いつものようにヘラヘラする私をジッと見つめるカミーユ様だったが、少しだけいつもと違う視線のように感じた。どこか壁があるような…少し鋭さを交えた視線は昨日と変わらない気がした。
私は少し寂しいと思ってしまったけど、なんとか必死に気持ちを隠す。
「今日のランチタイムの後、食堂に来てください!ぜひカミーユ様に食べてもらいたいものがあって…!」
「……食べてもらいたいもの?」
「はい!何を作ったのかは見てのお楽しみです!全然ハードル上げるわけじゃないんですけど、私、頑張って作ったんです。オーバンさんがいなかったら完成しなかったんですが…オーバンさんのおかげで美味しくできました。味は保証します!」
「……」
オーバンさんの名前を出したらカミーユ様の眉がぴくりと動いた…気がした。でも昨日のように眉間に皺は寄せていないので、少しホッとする。
「カミーユ様が来てくれるの、待ってますね!」
「……」
ニコッといつも通り笑顔を向ける私から、そっと目を逸らすカミーユ様。
いつものカミーユ様だったら、返事をするか頷いてくれるか…きちんと目を見て反応してくれるのに。
今日は目を逸らされて、何も言わないカミーユ様。
…やっぱり、私に対して何か思うところがあるのだろうか。結局カミーユ様は、そのまま何も言わずに私の横を通り過ぎて行ってしまった。
カミーユ様は食堂に来てくれない気がした。カミーユ様に出会ってからこんなことは初めてで、私は戸惑ってしまいその場から動けなかった。
ーーカミーユ様はいつも忙しいランチタイムの後に来てくれるが、案の定その時間になっても食堂に来なかった。
彼と同じ第二騎士団の団長のシャルロット様は食べに来ていたので、訓練は休憩中だったはず…。
…確実に私を避けている気がする。
今朝のカミーユ様の反応を思い返すと、食堂に来なかった原因はきっと私にあるのだろう。
心当たりはやはり、食べれないカミーユ様を差し置いて自分だけ美味しい物を食べていたということだろうか。
私の事が嫌いになり私のご飯は食べたくないと言われたらどうしよう…考えただけで泣きそうだ。
夕方になり、私はこの後に夜勤に入る料理長に仕事の引き継ぎをしていた。
すると、食堂のドアがバンッと勢いよく開く。
「ちわーっす。カミーユ連れてきたー」
そう言って入ってきたのは、第二騎士団団長のシャルロット・アペール様。
…と、シャルロット様に引きづられるようにして入ってきたカミーユ様。
シャルロット様はこの国でも珍しい女騎士様で、真っ赤な長髪をポニーテールにしている。歩くたびにゆらゆら揺れる癖のある髪は炎を連想させ、さらにかっこよさが増す。
そんな彼女に連れられたカミーユ様は、私と目が合うとスッと視線を逸らした。それにまたズキッと胸が痛む。
不穏な空気の私達を見て、シャルロット様は呆れた顔をして盛大なため息を吐いた。
空気を読んだ料理長が「今日は久しぶりに私がカミーユ様に食事を作るかな」と言って、パパッとあっという間にピラフを作ってくれた。
「やあニコル、今日も可愛いね」
「シャルロット様こそ、今日もかっこいいです」
「ふふ、ありがとう」
場の空気を変えようとしてくれてるのか、シャルロット様がにこやかに私に話しかけてくれる。その空気に救われ、笑顔を作り私もカミーユ様に話しかけた。
「食堂にいらっしゃらなかったから心配しました。でも料理長のピラフが食べれて、逆によかったですね。料理長の食事は最高ですもんね」
「……」
頑張って喋ってもこっちを見ないし何も反応してくれないカミーユ様に、私はどうしようもなく泣きそうになる。
「あの、私、カミーユ様に嫌われてしまったのでしょうか。やっぱり、この前カフェで会った事が関係してますか?不快な思いをさせてしまっているなら謝りたいので、理由があれば教えて欲しいです…」
少し眉を下げた(ように見える)カミーユ様は、チラッと私の顔を見て瞳を揺るがせた。
目と目が合っただけで不覚にも私は嬉しくなった…が、カミーユ様から発せられた言葉に頭が真っ白になった。
「……なんか、ニコルに会いたくなかった」
好きな人にそんな事を言われて凍りつく。
シャルロット様は「お前、いい加減にしろよ」と彼を睨む。
ついに嫌われたと自覚して涙腺が崩壊しようとしていたその時…食材を抱えたオーバンさんが倉庫から戻ってきた。
「お、シャル。カミーユ様連れてきてくれたんだな、ありがとう」
「いえいえ、オーバンの頼みだからな。それにしても頑なに食堂に行こうとしないから大変だったよ。頑固な部下を持つと上司は苦労するな」
…どうやら、カミーユ様を連れて来てくれるようにオーバンさんがシャルロット様に頼んでくれたようだ。この先輩には本当に感謝しかない。
でも、会いたくないと言われてしまった手前、無理やり連れて来られたカミーユ様に申し訳ない気持ちになる。
私は咄嗟にオーバンさんの後ろに隠れるように逃げた。
そんな私をまた眉間に少し皺を寄せて見たカミーユ様は、ピラフに視線を移し黙々と食べ始めた。
先ほどの会話を知らないオーバンさんはにこやかに彼に話しかける。
「カミーユ様、飯が終わったらデザートも食べてってください。こいつの渾身の力作があるので」
「…いらない」
いつもより少し低めの声で、冷たい口調だった。
私はもう我慢できなくてオーバンさんの後ろでボロボロと涙を流す。
ああ、嫌われた。なぜかわからないけど、嫌われた。
嫌われても良い、好きな気持ちがあれば大丈夫、そう浅はかに思ってた自分を殴ってやりたい。到底耐えられないし、今すぐ消えたい。この場から離れたい。でも身体が動かない。
そんな私をそっと見たオーバンさんとシャルロット様は目を合わせ、二人で呆れたような顔をした。
「デザートは、チーズケーキタルトです。あの日カフェでカミーユ様が食べれなかったチーズケーキタルトを再現させて、カミーユ様にも食べてもらうんだって気合い入れて作ったんですよ、こいつ」
「……っ」
「それと、これは余計なことかもしれませんが…俺とこいつは料理研究会っていう料理オタク活動をしているだけで、そこに男女のあれこれはないです。れっきとした先輩と後輩の関係です」
「……」
いつもより少し目を見開いた(ように見える)カミーユ様はオーバンさんを凝視した。
…やっぱりあの日、私とオーバンさんがデートをしてると思ってたんだ。きっと自分がメラニー様とできないデートを私達がしてるという事も気に入らなかったのかもしれない。
誤解が解けたであろうカミーユ様に、シャルロット様はニッと歯を見せて笑った。
「オーバンにはこんなに素敵な彼女がいる。浮気もありえない」
そう言って自分を指差すシャルロット様に、カミーユ様はピシッと数秒固まった。
どうやら相当驚いたようで、シャルロット様とオーバンさんを交互に見ている。
「お前、どれだけ他人に興味ないんだよ。私とオーバンが付き合ってるのは騎士団の中では結構有名な話だと思うんだけど」
そう言ってシャルロット様はカミーユ様を軽く小突いた。
「シャルが生活能力ゼロだから一緒に住んでるしな。俺はしっかり家事をやらせてもらってます」
「ふふ、こんな良い男は他にいない」
「そりゃどーも…」
頬を少し赤く染めて照れているオーバンさんをニヤニヤと見つめるシャルロット様。
…本当にこの二人はお似合いのカップルだと思う。
私はいつも料理研究会のあとに二人の家にお邪魔して一緒に晩ご飯をご馳走になることもあったのでもちろん知っていた。
でもカミーユ様は知らなかったみたいだ。
「…ってことで、カミーユ。可愛い私達の妹分のニコルを傷つけたら許さないぞ」
「…しっかりデザートまで堪能してってください」
二人はカミーユ様に圧のある笑顔を向けた。
カミーユ様は食べ終わったピラフのお皿に視線を移し、「…デザートも食べる」と気まずそうに言った。




