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「よし、おおよその材料も分量も見当ついたからそろそろ行くぞ」
「えっ、もう行くんですか?」
チーズケーキタルトを食べ終わって早々に財布を出すオーバンさんに、私は目を丸くした。
「俺たちが先にこの店を出れば、カミーユ様がメラニー様を支える現場を見なくて済むだろう」
た、確かに…!激しく頷いた。
私も荷物をまとめ、二人でテーブル会計をしてもらい、そのまま静かに店を出た。
「よし、これで大丈夫だろう。材料買いに行くぞ」
「はい!オーバンさん、ありがとうございました!」
私も夢で見た光景をもう一度見なくて済むことにホッとして、街へ歩き出すオーバンさんの後ろをついて行く。
………予定だった。
「……っ!」
店を背に、一歩踏み出したところ。後ろから誰かに腕を掴まれた。
驚きすぎて声が出ず、咄嗟に後ろを振り向いた。
振り向いた勢いで、自分の茶髪がふわふわと揺れた。
後ろにいる人物を見て、私はこれでもかと目を大きくした。
「……え?!カミーユ様…っ!?」
「……」
私の腕を掴んで引き止めたのは、店内にいるはずのカミーユ様だった。
勢いよく店を出てきたのか、少しだけ肩で息をするカミーユ様に、私は何も言えなかった。
カミーユ様は振り返った私の顔を見て、目を見開いた。一瞬だけ、青色の瞳が揺らいだ。
いつも無表情のカミーユ様の表情の変化が珍しく、私も思わず目を見開いた。数秒ほど、私達はその場で固まった。
「おい、何してんだよニコル、早く………え?」
着いてこない私に気づいて振り返ったオーバンさんも目を見開いて私達を見て固まる。
オーバンさんにチラッと視線を移したカミーユ様はまた目を少し大きくし、そのあと少しだけ眉間に皺を寄せた。ほんの、ほんの少しだけ。
少しの変化だからオーバンさんは気づかなかったかもしれないが、毎日カミーユ様を観察している私は気づいてしまった。
カミーユ様が表情を動かすことは本当に珍しい。そしてきっと今、あまり良い気分ではないのだろうということは眉間の皺でわかった。
「……」
視線を私に戻したカミーユ様の瞳から、鋭さを感じる。
……ああ、そうだよね。自分は外食ができないのに、食べたくても食べれないのを我慢しているのに、メラニー様だけでなく私達までも呑気に人気のスイーツを食べてるなんて…腹が立つよね。ましてや、私はカミーユ様の事情を知っているのに。オシャレまでして楽しんで…薄情な奴だと思われたかもしれない。
だから眉間に皺を寄せて私に怒っているのだろうか…どうしよう…と思っていると、店の扉が開いて人が出てきた。
「もう、カミーユ。いきなり店を出てビックリしたわ。どうした……きゃっ!」
…メラニー様だった。
メラニー様が、カミーユ様を追ってお店の外に出ようとして……扉の段差に躓いた。
その瞬間。私を見ていた澄んだ青い瞳は、勢いよく後ろのメラニー様を捉え、私の腕を掴んでいた手もすぐに離れた。
解放された私の腕は、熱が引いたように冷めていく。
メラニー様が転ける前に、カミーユ様は彼女を抱き止めて支えた。
全部、夢通り。夢で見た光景。
「…大丈夫か」
「あ、ご、ごめんなさい…ありがとう、助かったわ…」
無表情だがしっかりとメラニー様を支えるカミーユ様と、頬を赤く染めて恥ずかしそうにしながらカミーユ様の腕にしがみつくメラニー様。
…見てしまった。オーバンさんが気を回してくれたのに、避けられなかった。
なんでカミーユ様は私を追いかけて引き止めたんだろう。そんなことをしなければ、私はこの場面を見る必要なんてなかったのに。
お姫様を守る王子様みたいで、かっこよかった。
でも私は、見たくなかった。
頭の中でぐるぐる、ぐるぐる。そんなことを考えていたら、また誰かに腕を掴まれた。
静かに振り向くと、オーバンさんだった。
オーバンさんは私を見ずに、目の前のカミーユ様を見て言った。
「カミーユ様、すみませんが俺達もこの後予定があるので。お先に失礼します」
ペコリとお辞儀をすると、オーバンさんはくるっと振り返ってズンズンと歩き始めた…私の腕を掴んだまま。
私は強く引っ張られるまま、小走りでオーバンさんに着いて行く。その途中でチラリと振り返ると、カミーユ様は眉間に皺を寄せたままジッと私達を見据えていた。
「カ、カミーユ様っ、ごめんなさい…!また明日、食堂で…!」
あなたに食べてほしい美味しいスイーツを作るから、とまでは言えなかった。言う前に街の人混みに飲まれてしまった。
カミーユ様が見えなくなって、そうして初めてツーッと頬に涙が走った。
ビックリしたのと、見たくなかったのと、カミーユ様が不機嫌になってしまったのと。
もしかしたら嫌われてしまったかもしれない、とまで思った。数分の間に起きた出来事が、衝撃的だった。
「あー…まぁなんだ、気にすんな。お前は何も悪くないし…だから泣くな、気にすんな」
歩くのをやめたオーバンさんは困ったような顔をしながらも、ポンポンと私の頭を撫でてくれた。
「ほら、それでもお前はカミーユ様にチーズケーキタルト作るんだろ?」
「…はい、」
「好きなんだろ?」
「はい」
「だったら、自分にやれることをやればいいんだよ。メラニー様にはできなくて、お前にしかできないことがあるんだから。胸張って、気にすんな」
この人、「気にすんな」ばっかり。
それがオーバンさんなりの優しい慰め方で、私は少し救われた。私は腕でゴシゴシと目を擦る。
オーバンさんの言う通り、私にしかできないことがある。
嫌われたかもしれないけど、私はカミーユ様が好きで、カミーユ様にこれからも美味しいものをいっぱい食べてほしい。その気持ちを大事にしよう。
もともと私はカミーユ様の恋愛対象ではないのだから。気にしてウジウジするのは自分らしくない。
「よし!とびきり美味しいチーズケーキタルト、作ります!」
「うんうん、それでこそお前だ。俺も家帰って作ってみるかな〜」
そう言ってオーバンさんと二人、街で材料を買ってそれぞれ家に帰った。
私はその日、寝る時間を削り、何回も何回も試行錯誤してケーキを焼いた。
四回目にして、ようやく似た味のチーズケーキタルトを作ることができた。




