②
カミーユ様がこうして料理場の裏口までやって来ることは、実はよくある光景だ。
王宮で働く人が利用できる食堂があるのだが…私がその食堂で働いているときはカミーユ様もそこで食事をする。
しかし、今回のように私が休憩や次の食事の下準備をするタイミングと被ると、わざわざ私の居る料理場まで来て食事をして行くのだ。
…これには深いワケがある。
決してカミーユ様が私を好きだからとか、そういう事ではない。
カミーユ様は数年前、とある貴族令嬢に毒を盛られたことがある。
その貴族令嬢の手作りのお菓子を食べた途端に全身が痺れ、一時的に体が動かなくなり…令嬢に襲われそうになった…らしい。
絶好のチャンスと言わんばかりに目を光らせた令嬢がジリジリと迫ってくる光景は、今でも怖くて忘れられない…と以前に本人が言っていた。
カミーユ様の愛鳥である鷹のミントちゃんが令嬢を追い払ってくれて、なんとか襲われずにすんだらしいが…。
この事件をきっかけに、カミーユ様は自分が信用した人の作った食事しか食べられなくなってしまったのだ。
ーーそんなトラウマがあるとは知らず…当時学生だった私はある日、空腹で今にも倒れそうなカミーユ様と出会う。
放課後になると毎日学園の料理長から料理の勉強をさせてもらっていたのだが、たまたまその日は学園の食堂で一人、自主練習をしていた。
そこに突然、見知らぬ男性がふらつきながら食堂に入って来たのだ。
見るに見かねて、私は彼にオムライスを作ってあげた。
これがカミーユ様と私の出会いである。
…後日談、カミーユ様いわくその時はとんでもなくお腹が空いて限界状態だった、意を決して私の作ったオムライスを食べた、とのこと。
もちろん毒なんて入れてないし、未熟者とはいえ学園の料理長直伝の作り方だったから味も間違いないはずだ。
カミーユ様は私の作ったオムライスを一口食べ、案外イケる…と思ってくれたようで。ものすごい勢いで食べ進めるので、思わずおかわりも作った。それもペロリと平らげた。
ーー表情を少し緩めて美味しそうにオムライスを頬張る彼に、私は一目惚れをした。
その後食堂にやって来た学園の料理長の驚きようが凄かった。
「まさか、カミーユが見ず知らずの令嬢の作った飯を食う日が来るなんて…!」と、感動して泣くほどに…。
ちなみに私はそこで初めて、カミーユ様のトラウマを知った。
…と同時に、目の前のこの人が「氷の王子」と噂されるカミーユ様なのだと認知した。
この出来事から、私は初対面にして見事にカミーユ様の〝信用できる人材〟の仲間入りを果たした。
料理人になってからは、王宮内での〝カミーユ様専属料理人〟のようなことをしている。
だから、カミーユ様はお腹が空くと私の元へやって来るのだ。
私の仕事が休みの日は、料理長か副料理長がカミーユ様の食事を作っているのだけれど…
私が居る時はなるべく私がカミーユ様に食事を作りたい!と料理長に猛烈な直談判をしたため(料理長はドン引きしていた)、王宮内でのカミーユ様の食事は主に私が作っている。
……そのような経緯があっての、今である。
私の作った冷製パスタをもくもくと食べるカミーユ様を見ながら、私は夕飯の下ごしらえを再開することに。ジャガイモの皮剥きが終わったら、次はキャベツの千切りが待っている。
ふとカミーユ様の顔を見ると、頬にパスタのバジルソースが付いていた。なんだか可愛くてふふっと笑ってしまう。
私はカミーユ様に近寄り、ポケットからハンカチを出す。それを見たカミーユ様はもぐもぐしながら私の方に顔を傾けた。
…これは「拭いてくれ」の合図だ。
私は心の中で「可愛い!」と叫びながら、カミーユ様の頬をソッと優しく拭った。
「…毎度毎度よくやるよ」
オーバンさんも呆れるほど、カミーユ様のお口汚しは恒例となっていて、その度に私がこうしてお口を拭う役目を任せてもらっている。
当たり前すぎて、今では会話も必要のないやりとりとなってしまった。
「カミーユ様はいつも食べ方がワイルドで、作り手としては見ていて気持ちいいですからね〜どんどんお口を汚しちゃってください!私が拭きますので!」
「…そうか」
「カミーユ様は本当に食べることが大好きですよね〜そんな所も素敵です!」
「…どうも」
ジッと私を見つめながら口をもぐもぐと動かすカミーユ様がさらに可愛くて、私はまた笑顔になってしまう。
…でも、どれだけカミーユ様と仲良くなれたと思っても、この恋が結ばれることはない。
カミーユ様は、メラニー様と結ばれる。
そうなる未来を私は知っている。
報われない恋だと知っている。
なぜなら私は、予知夢を見たから。
わかっていても、この気持ちはまだまだ熱を持っていて。わかっていても、私はカミーユ様が大好きなのである。




