第25話 円香(まどか)先生
円香先生......
徳田にそう呼ばれた老婆は目を白黒させている。きっと徳田同様、それまで死んだように眠っていた女性の笑顔を目の当たりにし、信じられないような心境だったのだろう。
見れば年の頃70過ぎ。雪山のように真っ白な髪を、きれいに1つ束ねている。庶民的とも言えるエプロン姿ではあるが、シワ1つ無い服で包まれたその身なりは、決して貧相には見えなかった。
この人は、強い志を持ったプライド高きご婦人......一目見ただけで、そんな内面を看破する女神だったのである。
「あら、目を覚ましたのね! 徳田、なぜ直ぐに報告しないのですか?」
「あっ、いや、あっしも今知ったばかりなもんで......最初に気付いたのはバロンなんです」
「えっ、バロンが?」
「はい。バロンがあたしの顔を舐めて起こしてくれたんですよ。なのでバロンは命の恩人なんです」
優しい笑顔を浮かべなおもバロンの頭を撫で続けてる女神は、まるで自分が大怪我してることなど忘れてしまってるかのようだった。
一方、そんな彼女の他愛ない姿を目の当たりにした円香先生は、ここで漸く安堵の表情を浮かべる。そして慇懃に口を開き始めた。
「私達はあなたを歓迎します。ようこそひつじの杜へ」
「ひつじの杜......」
「そう、ここはそんな名前の孤児院なんだ。円香先生はここの院長先生でな。誰にでも優しく接してくれるほんと神様みたいな方だ」
「孤児院......こんな山奥に? そうですか......私は本当に運がいい人間です。こんな優しい人達に救われるなんて」
「ここは行き場を無くした迷える『子羊達』が心と身体を休める場所。そして今あなたはこの場所で目を覚ましました。それもこれもきっと全て神のお導きだったのでしょう」
そう語りながら、胸の前で十字を切る円香先生。それを見ただけでこの孤児院がキリスト教を崇拝していることが鮮明に分かる。
きっと円香先生だけで無く、この徳田なる下働きも信仰深きキリスト教徒なのだろう。
ここで一つ、エマには大きな疑問が。それは、
何でこんな寒くて辺鄙な山奥で孤児院を営む必要が有るんだろう? 雪も凄いし物資の運搬だって大変だと思う。都会とまでは言わなくても、せめて町とか村レベルの所で営んだ方が色々都合がいいと思うんだけど......
なのでオブラートに包みながら、こんな聞き方をしてみた次第。
「皆さんが子供達を思う気持ちには本当に感服致しました。でも......こんな過酷な環境の中で営まれるのはご苦労も多いんじゃ無いですか?」
気を悪くされたらどうしよう? などと、言ってしまった後になって心配になる大怪我女子だった。
しかし孤児院の院長たる者、その程度のことで機嫌を損ねることなど有り得ないらしい。
「ホッ、ホッ、ホッ......確かにあなたが不思議に思うのも無理の無い話ですね。きっと誰もがそう思うことでしょう。
ここにやって来る子供達は、皆都会からやって来た子ばかりなの。事情は様々だけど、皆心に大きな傷を負ってる。
実はこの【ひつじの杜】も、最初は都会で営んでたのよ。でもね......中々子供達の心を上手く癒して上げることが出来なくて。
そこで思ったの。この子達に必要なのは環境を大きく変えることなんじゃないのかなってね。とは言っても【ひつじの杜】は寄付で成り立ってる訳で、わざわざ新たに孤児院を別の場所に建てるなんて出来る訳も無かったの。
そこで色々探してるうちに、まだ十分頑丈なこの教会たどり着いたと言う経緯。あたしはここに来て本当に良かったと思ってるわ。
子供達は自然に囲まれた環境の中で、少しづつだけど笑顔が戻って来てるし、何より人として立派に成長してくれてる。あたしはね、楽しみで仕方が無いの。この子達が成人してこの日本と言う国を背負っていってくれることをね」
「円香先生はな、大事なお孫さんを亡くされてるんだ。だからこそ、不憫な子供達を放っておけなくてな」
「徳田、余計なことは言わなくていい! せっかく目を覚ましたこのこ婦人の心が暗くなってしまうでしょう」
「え、あ、も、申し訳ございません」
途端に俯いてしまう徳田だった。また余計なことを言っちまった......きっとそんな心境だったのだろう。




