第8話:祝言の日に、結ばれない側で
リネットとトマスの祝言は、境の川辺で挙げられた。
真新しい橋のたもとに、二つの領の人々が集まった。ヴェルンフェルトとドレーゼ、十年いがみ合った家々が、同じ花で祭壇を飾り、同じ酒を酌み交わす。
わたしが結んだ縁が、こうして目の前で実る。何度見ても、この瞬間だけは、胸が温かくなる。
「ロザ様、ロザ様!」
マリカが、駆けてきた。祝言用に、めずらしく髪を結っている。
「見た? リネットさん、めちゃくちゃ綺麗だった。トマスさん、緊張しすぎて誓いの言葉噛んでたけど」
「見ました。良い祝言でしたね」
「あんたのおかげじゃん。十年止まってた縁を、ぱぱっと結んじゃってさ」
マリカは、わたしの隣に腰かけて、少し声を落とした。
「……あたし、縁なんて信じてなかった。うちの村、ずっといがみ合っててさ。親も、その遺恨で死んだようなもんだし。縁なんて、人を不幸にするだけだと思ってた」
「今は?」
「……まだ、半分くらいしか信じてない。でも」
マリカは、祭壇の二人を見た。
「あんな顔で笑える縁も、あるんだって。ちょっとだけ、わかった」
わたしは、この少女の頭を、そっと撫でた。憎まれ口の下に隠れた、いちばん縁を求めている心。この子の糸も、いつか、良い縁に結ばれてほしい。
*
宴が賑わう中、わたしは少し離れた木陰に座っていた。
結ばれた二人が、幸せそうに人々に囲まれている。その光景は、美しくて、そして——少しだけ、遠かった。
わたしは、いつも、この場所にいる。
縁を結ぶ側。祝う側。見送る側。祭壇の中央に立つことは、決してない、外側の人間。
「縁を組む道具は、選ばれる側ではない」
王都で、何百と縁を結んだ。そのどれ一つ、わたし自身の縁ではなかった。それが当たり前だと思っていた。寂しいと感じることすら、贅沢だと思っていた。
「こんなところにいたのか」
声に振り返ると、アルヴィン様が立っていた。
手に、杯を二つ持っている。その一つを、わたしに差し出した。
「宴の主役が、隅にいるものではない」
「主役は、あのお二人です。わたしは、ただの……」
「縁定めだ、と言うなら、殴るぞ」
思いがけない言葉に、わたしは彼を見上げた。
アルヴィン様は、隣に腰を下ろすと、祭壇の二人を見ながら、ぽつりと言った。
「お前は、いつもそうやって、外から縁を見ている。人の縁は結ぶくせに、自分は輪の外にいるのが当たり前だという顔をして」
図星だった。あまりに、図星だった。
「……そういう役目、なのです。わたしは」
「役目、か」
アルヴィン様は、杯をあおった。
「俺も、そう思っていた。辺境を守るのが役目で、縁など要らんと。だが……お前が来てから、少し、わからなくなった」
彼の横顔が、宴の灯りに照らされていた。
「役目の外に、あってもいいものが、あるのかもしれん」
その言葉が、何を指しているのか。わたしには、わからなかった。
いや——本当は、わかりたくなかったのかもしれない。
他人の糸なら、一目で読める。けれど、この人とわたしの間の糸だけは、読もうとすると、指先が震える。読み違えて、期待して、また「道具」だと思い知らされるのが、怖かった。
「アルヴィン様」
「なんだ」
「……いえ。お酒、いただきます」
わたしは、杯に口をつけた。
辺境の酒は、王都のものより、ずっと強くて、ずっと、温かかった。
*
その夜、王都から早馬が着いた。
ハンナが、いつになく硬い表情で、報せを差し出した。
「お嬢様。王都で……セシリア様が組まれた同盟が、また一つ、破談したそうです。今度は、東の三家をまとめて」
「三家、まとめて」
「はい。そして——王太子殿下ご自身が、あなたに会うために、こちらへ向かっていると」
わたしは、杯を置いた。
宴の喧騒が、急に、遠くなった気がした。
来る。切り捨てた人が、切り捨てた土地へ。
——さて。あの人は、何をしに来るのだろう。
祝言の回でした。縁を結ぶ側で、いつも輪の外にいるロザ。その寂しさに、アルヴィンが不器用に手を伸ばします。「役目の外に、あってもいいものが、あるのかもしれん」——彼なりの、精一杯の言葉です。
そして、ついに王太子オルフェウスが辺境へ。切り捨てた人が、切り捨てた土地へやってきます。
次話、次々話は、この物語最初の大きな山場。どうぞお楽しみに。ブックマーク・評価、ありがとうございます。




