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縁結びの令嬢はもう結ばない ~王家の縁を全部組んでいた私を追放した結果、誰も結べなくなったそうです~  作者: 早乙女リク


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第6話:繋ぎ直せない糸

王都の混乱は、日を追うごとに辺境まで伝わってきた。


行商人が、旅の吟遊詩人が、逃げてきた下級役人が——みな、同じ話をした。王家が、縁を結べなくなっている、と。


「セシリア様とやらが、必死に縁組をまとめようとしているらしいですよ」


ハンナが、市場で仕入れた話を聞かせてくれた。


「でも、まとめた端から壊れるのだとか。この前は、隣り合う二つの伯爵家を縁づけようとして、かえって戦の一歩手前まで揉めさせたそうで」


わたしには、その光景が目に浮かぶようだった。


セシリア様は、家格と持参金の釣り合いだけを見て、縁を組んでいるのだろう。それは、王都の誰もが「正しい」と思っているやり方だ。釣り合っていれば、良い縁。釣り合っていなければ、悪い縁。


けれど、糸は釣り合いでは結べない。


隣り合う伯爵家というのは、たいてい、境界を巡る古い遺恨を抱えている。近いからこそ、こじれる。その遺恨を先にほどかずに婚姻で結べば、二つの家の恨みが、一つの家の中に持ち込まれるだけだ。


「愛のある縁こそ本物」——セシリア様は、そう言っていた。


けれど、彼女の言う「愛」は、たぶん、自分とオルフェウス様のことしか指していない。他人の縁の中にある、無数の情や痛みや事情を、彼女は見ようとしたことがない。


見ようとしない人には、糸は見えない。


「お嬢様は、悔しくないのですか」


ハンナが、ぽつりと言った。


「あなたが二年かけて組んだ縁を、あの方が、たった数月で滅茶苦茶にして……」


「悔しい、とは少し違うわね」


わたしは、正直に答えた。


縁が壊れていくのは、寂しい。わたしが通した糸が、切られていくのだから。けれど、それを切っているのは、わたしではない。あの人たち自身だ。


わたしは、何もしていない。ただ、手を引いただけ。


それで、王家は自分たちの手で、自分たちの縁を壊していく。


「これが、いちばん静かな仕返しなのかもしれないわね」


わたしは、そう言って、少し笑った。



その日の夕方、館の中庭で、アルヴィン様が剣の稽古をしていた。


上着を脱ぎ、汗を飛ばして木剣を振るう姿は、王都の優男たちとはまるで違った。無駄がなく、静かで、けれど、どこか——寂しげだった。


「見物か」


手を止めずに、彼が言った。


「いえ。通りかかっただけです」


「嘘だな。お前は、通りかかるだけで人を見ない女ではない」


見透かされている。わたしは、少しばつが悪くなった。


「……アルヴィン様は、なぜ縁を拒まれるのですか」


稽古の手が、止まった。


聞くつもりはなかった。けれど、口をついて出ていた。彼の糸が、いつもどこか痛みを孕んで揺れているのが、気になって仕方なかった。


アルヴィン様は、木剣を下ろし、しばらく黙っていた。


「……昔、姉がいた」


低い声だった。


「政略の縁で、遠くの家へ嫁いだ。家格の釣り合った、良い縁だと、誰もが言った。だが、姉は三年で帰ってきた。棺に入って」


わたしは、息を呑んだ。


「嫁ぎ先とうちの家には、古い境界争いの遺恨があった。誰も、それを姉に言わなかった。釣り合っていれば良い縁だと、そう信じて、姉を送り出した。——姉は、その遺恨の真ん中で、一人きりで、擦り切れて死んだ」


彼が縁を拒む理由。それが、今、目の前でほどけた。


「だから俺は、縁を組む奴が嫌いだった。家格だ持参金だと、人を釣り合いで測って、その裏の遺恨を見ようともしない奴らが」


彼は、わたしを見た。まっすぐに。


「だが、お前は」


「……」


「お前は、遺恨を見る。釣り合いの裏を読む。もし、あの時、お前のような縁定めがいたら……姉は、死なずにすんだのかもしれん」


わたしは、何も言えなかった。


慰めの言葉は、この痛みには軽すぎた。


だから、代わりに、一つだけ言った。


「アルヴィン様のお姉様の縁は、悪い縁ではありませんでした。ほどけなかっただけです。誰も、結び直そうとしなかっただけ」


アルヴィン様の目が、かすかに揺れた。


「切れた縁は、二度と結べません。けれど、まだ切れていない縁なら——わたしは、結び直せます」


その夜、彼はもう、剣を振らなかった。



同じ頃、王都の小部屋には。


繋ぎ直せない糸の残骸——処理されない釣書が、天井まで届くほどに、積み上がっていた。


アルヴィンが縁を拒んできた理由が明かされました。彼の痛みと、ロザの「結び直せる」という信念が、静かに触れ合う回です。


一方、王都ではセシリアの縁組が壊れ続け、繋ぎ直せない糸が積み上がっていきます。


次話、ロザは辺境で新しい縁を結びます。そして、王都からある人物が動き始めます。


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