表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
縁結びの令嬢はもう結ばない ~王家の縁を全部組んでいた私を追放した結果、誰も結べなくなったそうです~  作者: 早乙女リク


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
4/10

第4話:釣書は、家格では読みません

橋が架かったという話は、あっという間に辺境を巡った。


三日後には、館の前に人が並ぶようになっていた。縁のもつれを抱えた者たちだ。跡目が決まらない、隣家と揉めている、娘の縁談がまとまらない——三十年こじれた村の縁が解けたなら、うちの縁も、と。


「だから、縁の仕事はさせんと言ったはずだ」


アルヴィン様が、腕を組んで渋い顔をしていた。


「わたしは何も。勝手に集まってこられるのです」


「お前が、あの橋を架けたからだろう」


「架けたのは、村の方々です。わたしは、結び目を一つ、ほどいただけ」


そんな押し問答をしていると、列の先頭から、生意気そうな声が飛んできた。


「ねえ、あんたが噂の縁組の令嬢?」


十六ほどの少女だった。そばかすの散った顔で、腰に手を当て、わたしを値踏みするように見上げている。


「マリカっていうの。で、聞きたいんだけど。あんた、縁が『見える』んでしょ。だったら、うちの馬鹿な話も見えるわけ?」


「マリカ。領主様の前だ、言葉を——」


「いいのです」


わたしは、少女の前にしゃがんだ。


「どんな話?」


「うちの村、跡目でもめてんの。村長のじいさんが死んで、息子が二人いてさ。上の兄ちゃんは畑仕事が下手だけど人望があって、下の兄ちゃんは畑は上手いけど人に嫌われてる。で、村が真っ二つ。もう半年、誰も種を蒔いてない」


なるほど。よくある話だ。よくある話ほど、こじれると根が深い。


「その二人の間の糸は、憎み合ってはいませんね」


「……は? 毎日怒鳴り合ってるけど」


「怒鳴り合えるのは、切れていないからです。本当に切れた縁は、静かになる。あの二人は、たぶん、互いに認めてほしいだけ」


わたしは、マリカに尋ねた。


「上の兄上は、畑が下手なことを気にしている。下の兄上は、人に嫌われることを気にしている。違いますか」


マリカが、目を丸くした。


「なんで、それ……」


「だったら、答えは簡単です。二人で村長をやればいい。上の兄上が村をまとめ、下の兄上が畑を采配する。跡目は一つでも、役目は二つに分けられます。人望と技を、争わせるのではなく、結ぶ」


「そんなの……うまくいくの?」


「うまくいくかは、二人次第です。でも、続く糸はあります。あの兄弟は、本当は、二人でなら村を守れると、どこかで知っている。ただ、素直になれないだけ」


マリカは、しばらくぽかんとしていた。それから、ふいに顔をそむけて、鼻をすすった。


「……ふーん。まあ、伝えるだけ伝えといてやる。うまくいったら、礼くらい言ってやってもいいけど」


そう言って走り去る背中を、アルヴィン様が見送っていた。


「あの子は、ロウ村の孤児だ。もらい水の遺恨で、両親を早くに亡くした。縁というものを、誰より信じていない子だった」


「知っています」


「……なぜ」


「あの子の糸は、ずっと外を向いていました。誰も信じないと言いながら、いちばん、誰かと結ばれたがっている」


アルヴィン様が、ふと、わたしの手元を覗き込んだ。


わたしの膝の上には、集まった者たちから預かった縁談の釣書が、何枚も広げられていた。家格、持参金、家柄——王都の釣書と同じ書式で、けれど、書かれている名前はどれも辺境の素朴な人々のものだ。


「その紙で、何がわかる」


「家格は、何もわかりません」


わたしは、正直に答えた。


「釣書は、家格では読みません。ここに書かれていない余白を読みます。誰が誰の名を、少し丁寧に書いたか。どの家の話に、ためらいの染みがあるか。——縁は、書かれた文字より、書かれなかったところに出ます」


アルヴィン様は、長いこと、わたしの横顔を見ていた。


「お前は」


「はい」


「……王都で、そうやって縁を組んでいたのか。誰にも、その目のことを、わかってもらえないまま」


不意を突かれた。


胸の奥の、いちばん触れられたくない場所を、この無骨な人が、まっすぐ言い当ててきた。


わたしは、思わず釣書に目を落とした。


「……縁を組む道具だと、言われておりました。心のない女だと」


「そうか」


アルヴィン様は、それだけ言った。慰めも、同情もなかった。ただ、そうか、と。


けれど、その一言が、なぜだか、王都で浴びたどんな言葉よりも、静かに胸に落ちた。



その夜、館に王都からの早馬が着いた。


ハンナが青い顔で報せを持ってきた。


「お嬢様。王都が……リューベルンとの同盟婚が、破談したと。そして——」


ハンナは、声を落とした。


「あなたを、呼び戻せないかと。宮廷で、そういう声が上がり始めていると」


わたしは、窓の外の辺境の闇を見た。


昨日より、灯りが一つ、多い気がした。橋の架かった、あの川のあたりだ。


「戻りません」


わたしは、静かに言った。


「わたしはもう、あの人たちのためには結ばない。——ここには、結び直せる縁が、いくらでもあるのですから」


推しキャラ・マリカが登場しました。憎まれ口ばかりですが、これから物語を賑やかにしてくれる子です。


そしてアルヴィンが、ロザの触れられたくない傷に、そっと触れました。無骨だけれど、この人はロザの目を、誰より早く見抜いています。


一方、王都ではロザを呼び戻す声が。でも、彼女はもう戻りません。次話、いよいよ第一部の区切りです。


ブックマーク・評価、励みになります。ありがとうございます。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ