↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
縁結びの令嬢はもう結ばない ~王家の縁を全部組んでいた私を追放した結果、誰も結べなくなったそうです~  作者: 早乙女リク


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
20/45

第20話:道具の値段

翌日の昼、ヴァレンティンは、正装で現れた。


従者が、羊皮紙を一枚、机に置く。


「ガルディア王国、縁定め職。任状でございます」


初めて会った日、この人は言った。地位を差し上げます、権限も、と。社交の言葉だと思っていた。——言葉では、なかったのだ。


「位は、宮廷顧問と同格。俸給は、年に——」


「おやめください」


「金額を申し上げるのは、無作法でしたか」


「いいえ。聞けば、心が、動くからです」


*


「正直に申し上げます」


「あなたには、あの一行しか、動かせない。グリュン伯家の次男は、あなたが止めたのではない。あの若者が、勝手に引き返しただけだ。——権限が、ない」


「……違いません」


「百四十六行、残っております。あなたには、全部、見えている。見えていて、一行しか動かせない。ロザリンド殿。それは、地獄ではありませんか」


答えられなかった。図星だったからだ。


「ガルディアへ、おいでなさい。あなたは、見えるものを、全部、動かせるようになる」


*


アルヴィン様は、壁際に立ったまま、何も言わない。


「……止めては、くださらないのですか」


「止めん」


心臓が、落ちた気がした。


「俺が『行くな』と言って、お前が残るなら。それは、俺が選んだことになる。……止めれば、俺も、あの男と同じだ。お前に、値をつける」


この人は、いつも、いちばん痛いところで、いちばん正しい。


*


この人は、わたしを侮っていない。追放されて初めて、わたしは、正当に評価された。


だから、断りにくい。


任状を、そっと押し戻した。


「お断りします」


「理由を、伺っても?」


「あなたは、わたしを、正しく評価してくださいました。……ですが。値のつくものは、いつか、値で切られます」


彼の、どこかが、静かになった。


「道具は使う者次第で名器になる、とあなたはおっしゃった。……あれは、正しいのです」


「では」


「正しいから、いやなのです」


「名器は、選びません。選ばれるだけです。倉に仕舞われ、値を書かれ、売れる日を待つ。……三年後、あなたの本国が『この道具は値に見合わぬ』と言えば、わたしは、また、捨てられます。もっと丁寧に、もっと正確に」


「わたしは、選びます」


*


彼は、深く頭を下げた。


「見事です」


任状を折り畳み、懐へ戻す。その手つきで、遅れて悟った。——この人は、断られたら引き下がるつもりで、来たのではない。


彼は、目録の一行目に、指を置いた。


「あなたが来ないのであれば。——では、辺境伯の縁を、いただきます」


「なに?」


アルヴィン様が、一歩、出た。


「公女レオノーラ様との婚姻は、すでに同盟の条件として、王家に要求済みです。昨日の評定は、受け入れる方向で進みました。拒めば、同盟は破れる」


「破れれば」


「戦です」


「あなたが受ければ、あなたは辺境を去り、辺境伯の隣が空く。断れば、勅命が下り、あなたには止める術がない。——どちらにせよ、私は、縁を得ます」


呼吸が、できなかった。


他人の縁なら、こんなふうには、ならないのに。


扉のところで、振り返った。


「昨日、あなたがあの若者になさったことと、同じですよ。私も、読んで、お見せしただけだ。——決めるのは、あなたです」


*


その夜の物見台は、雪の匂いがした。


肩に、重いものが乗った。彼の上着だった。


「昼のことだが。……止めなかったのは、行ってほしくなかったからだ。言えば、お前を縛る。黙っていたら、それも嘘だ。……すまん」


わたしは、手を、伸ばした。


あの朝は、この人が、わたしの手を取った。今日は、わたしから。


傷だらけの、大きな手を、両手で包んだ。


「……ロザ」


「あなたが選んでくださったから、選び返したのだと、思っておりました。……違いました。わたしは、わたしの意思で、あなたを、選んでいます」


わたしの手の中で、この人の手が、震えた。


「この縁は」


彼が、握り返した。強く。痛いほど。


「渡さん」


「はい。——渡しません」


*


やがて、彼が言った。


「ロザ。俺は、断る」


——ああ。


「政略婚など、二度と、この辺境に持ち込ません」


あの朝と、一言一句、同じ言葉だった。


あの日、その一言で、切れていると思い込んでいたわたしの糸が、震えて、光った。使者は青ざめ、わたしたちは、勝った。


だから、わたしは、目を閉じた。もう一度、その言葉に、救われてしまいたかった。


「——いいえ」


目を、開けた。


「アルヴィン様。今度は、断るだけでは、終わりません」


「あの朝、断って失ったのは、冬の支援でした。……今度断って失うのは、この国とガルディアの縁です。破れれば、戦になります」


「焼けるのは、国境の川の、両岸。ギード村。ロウ村。ハイデ村。……わたしが架けた橋を、軍が渡ります」


彼の顔から、血の気が引いた。武人だから、わたしより早く、わかったのだ。


「では、どうする」


目録の一行目に、指を置いた。


「あの方は、一つだけ、読み違えておられます」


「わたしは、盤面に、載せられたのではありません。——今度は、わたしが、盤面に立ちます」


*


縁を組む道具、と呼ばれた女が、生まれて初めて、自分の縁を、自分の手で、盤の上に置いた。


——置かれたのでは、ない。


わたしは、もう、読むだけの女では、いられない。


第20話「道具の値段」、いかがでしたか。ヴァレンティンの引き抜きを、ロザが断りました。「値のつくものは、いつか、値で切られます」——この一言を、どうか憶えておいてください。


アルヴィンの「止めん」。行ってほしくないくせに、言えば彼女に値をつけることになると知っていて、黙っていた男です。そんな彼に、今度はロザのほうから手を伸ばしました。


最後の「いいえ」。かつて彼は「断る」と言って勝てましたが、今度は勝てません。断れば戦——焼けるのは、あの橋です。


次話「勅命」。公女レオノーラが、こちらから会いに行くより先に、自分で辺境へ乗り込んできます。第一声は——「縁定め。わたくしを、値踏みなさい」。


ブックマーク・評価、励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。