第15話:壊す者は、壊された縁で滅びる
対決の場は王都の大広間だった。
半年前、わたしが断罪されたあの場所。今度は宰相バルドウィンがその中央に立っていた。
王太子オルフェウス様が招集した「縁組の実態を糺す評定」。宰相は余裕の表情で現れた。追放された小娘が何を騒いだところで、宰相たる自分を揺るがせるものか——その顔にそう書いてあった。
「殿下。このような茶番に、なぜ私が呼ばれねばならぬのか」
「茶番かどうかは、聞いてから決める」
オルフェウス様の声は、以前より、ずっと硬く、据わっていた。
「ロザリンド・アルシェット。申し開きを聞こう」
わたしは、一歩、前に出た。
追放された身。けれど、背筋はまっすぐに伸ばした。
「宰相バルドウィン閣下。あなたは、王家の縁組を、家門の利権に変えてこられました。壊れる縁を斡旋し、斡旋料を取り、壊れた家門を、宰相家に依存させる。——壊れる縁こそ、あなたの商売でした」
「証拠もなく、よくも」
「証拠は、糸です」
わたしは、束ねた書付を、広間の床に、広げた。
「三年前、あなたはご自身の姪、クラリッサ様と、騎士セドリック様の縁を握り潰した。姪を『高く売れる駒』とするために。そして、セドリック様の命を人質に、姪君を意のままの駒とした」
広間の入り口から、クラリッサ嬢が進み出た。
「叔父様。わたくし、証言いたします。あなたが、わたくしの縁を、どう扱ったか。——すべて」
宰相の顔から、余裕が消えた。
「五年前、ヴァイス伯家の長女の縁も、あなたが潰した。七年前、ラント子爵家は、あなたの斡旋した政略婚で没落した。——十数年、あなたは縁を壊し続けた。その恨みを抱えた者たちが、今日、ここに、集まっています」
広間の扉が開いた。
セドリック。ヴァイス伯家の長女。没落した子爵家の当主。宰相に縁を壊された者たちが、次々と、広間に入ってくる。
ばらばらだった恨みが、一本に束ねられ、宰相の前に、立った。
「ば、馬鹿な。済んだことだ。取るに足らぬ、古い話を——」
「済んではいません」
わたしは、静かに、けれど、広間の隅々まで届く声で、言った。
「縁は、切れても、消えません。切られた糸は、恨みとなって、残る。あなたは、それを『取るに足らぬ』と侮った。でも、糸は、必ず、繋がっている。あなたが壊した縁の一つ一つが、今日、一本に結ばれて、あなたを、詰ませます」
わたしは、宰相を、まっすぐに見た。
「壊す者は——壊された縁で、滅びるのです」
*
評定は長くはかからなかった。
被害者たちの証言は、一つ一つは小さくとも、束ねられれば動かしがたい真実だった。宰相バルドウィンが王家の縁組を私物化し、賄賂を取り、身内すら駒にしてきた事実。
オルフェウス様が、立ち上がった。
「宰相バルドウィン。お前の縁組の全権を、剥奪する。王家の縁を、私利のために汚した罪、追って沙汰する」
宰相の顔がみるみる青ざめていった。
彼は崩れ落ちるようにその場に膝をついた。
かつて、この広間で、わたしがそうさせられたように。
けれど、わたしは、そこに、溜飲だけを感じたわけではなかった。
宰相バルドウィンもまた、糸を見なかった人だった。人を駒としてしか見ず、縁を金としてしか見なかった。だからこんな最期を迎える。
——見なかった人は、いつか、見なかったものに滅ぼされる。
それは、少し、哀しいことだった。
*
すべてが終わったあと。
わたしは、大広間の片隅で、クラリッサ嬢とセドリックの縁を、結んだ。
三年、引き裂かれていた二人がようやく並んで立っている。クラリッサ嬢の目には涙が光り、その手はしっかりとセドリックの手を握っていた。
「ロザリンド様。あなたのおかげで、わたくしは……」
「いいえ。結んだのは、あなた方の糸が、切れなかったからです。わたしは、ほどけていた結び目を、少し、直しただけ」
わたしは、微笑んだ。
「どうか、お幸せに。——この縁は、続きます。わたしが、保証します」
*
帰りの馬車で、隣に座るアルヴィン様がぽつりと言った。
「王都に、戻れるぞ。もう、追放は解かれる。宰相も失脚した。お前を『道具』と呼ぶ者は、もういない」
わたしは、窓の外を見た。
遠ざかる王都。近づいてくる辺境。橋の架かった川。実り始めた畑。憎まれ口の少女と、不器用なこの人。
「戻りません」
わたしは、迷いなく答えた。
「わたしの縁は、もう、辺境にありますから」
アルヴィン様が、そっと、わたしの手を握った。
わたしは、その手を、握り返した。
縁を結ぶ女が、生まれて初めて自分の縁を結んだ。その手の温もりを確かめるように。
第一部クライマックス、第15話をお届けしました。ここまで読んでくださって、本当にありがとうございます。
「壊す者は、壊された縁で滅びる」——宰相バルドウィンを、その男自身が壊してきた縁の恨みを束ねて、詰ませました。手を下さず、相手が自分の罪で滅びる。これが、この作品の「ざまぁ」です。
そして、追放を解かれてもなお、ロザは辺境に残ります。「わたしの縁は、もう、辺境にありますから」。縁を結ぶ女が、ようやく、自分の縁を結びました。
第一部、これにて一区切りです。けれど、物語はまだ続きます。反故にされた同盟の隣国が、次の波乱を運んでくる——第二部も、どうぞお楽しみに。
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