第14話:恨みの糸を、束ねる
宰相バルドウィンの報復は早かった。
縁談を断った三日後には、辺境への冬の支援が正式に打ち切られた。それだけではない。王都にはこんな噂が流れ始めた。
「追放されたはずのアルシェット令嬢が、辺境で不穏な動きをしている。辺境伯をたぶらかし、王家に反旗を翻すつもりだ」——と。
讒言だった。宰相が流したものだ。
「お嬢様。このままでは、あなたに捕縛の命が下るかもしれません」
ハンナが、青い顔で言った。
わたしは、それでも、羽根ペンを止めなかった。
机の上には、何枚もの書付が広がっていた。宰相バルドウィンがこれまでに潰してきた縁の、一覧。
三年前、クラリッサ嬢とセドリックの縁。
五年前、東のヴァイス伯家の長女が真に想い合っていた相手との縁。
七年前、地方の子爵家が宰相の斡旋した無理な政略婚で没落した件。
——十数年分の握り潰された縁、壊された家、生まれた遺恨。
一つ一つは、ばらばらの小さな恨みだった。宰相はそれを「取るに足らぬ、済んだこと」だと思っている。
けれど、糸は、必ず繋がっている。
「見えますか、ハンナ」
わたしは、書付を指でなぞった。
「宰相が潰した縁の、その一つ一つに、恨みを抱えた人がいます。クラリッサ様。セドリック様。ヴァイス伯家の長女。没落した子爵。——みな、ばらばらに、宰相を恨んでいる。でも、繋がっていないから、声にならない」
「その糸を……束ねるのですか」
「ええ。ばらばらの恨みは、ただの愚痴です。でも、束ねれば——告発になります」
わたしは、微笑んだ。
「宰相は、縁を壊すことで儲けてきました。ならば、壊された縁の恨みを、一本に結び直せば、宰相自身を詰ませられる。壊す者は、壊された者たちの縁で、滅びる」
*
けれど、束ねるだけでは、足りなかった。
宰相バルドウィンは王家の宰相。いくら被害者を集めても、それを裁く「場」がなければただの騒ぎで潰される。
必要なのは、宰相を公の場で裁ける立場の人間だった。
わたしは、一通の手紙を書いた。宛先は——王太子、オルフェウス様。
半年前、わたしを断罪した人。けれど、辺境まで頭を下げに来て、最後に「ロザ」と名で呼んだ人。
『殿下。あなたは、王家の縁がなぜほどけたか、まだ、本当の理由をご存知ないはずです。セシリア様は、きっかけにすぎません。王家の縁を、内側から腐らせてきた者が、別にいます。——その名を、お知りになりたければ、束ねた糸を、お見せします』
手紙を送ってから、わたしは静かに待った。
賭けだった。オルフェウス様が宰相の側につくのか、真実の側につくのか。糸は五分五分に見えた。
けれど——三日後、返事が来た。
『会おう。宰相の縁のこと、すべて聞かせてほしい。私は、二度と、大切なものの価値を、失ってから知りたくはない』
わたしは、その手紙を、そっと胸に抱いた。
あの人も、変わろうとしている。遅すぎたけれど。でも、遅くても、変われるのなら。
それもまた、一つの、結び直された縁なのかもしれない。
*
「ロザ様!」
マリカが、書庫に駆け込んできた。
「クラリッサ様が、セドリックさんを、辺境まで連れてきたよ! 王都から、こっそり抜け出してきたって!」
わたしは、立ち上がった。
書庫の入り口に、クラリッサ嬢が立っていた。その隣に、旅装の実直そうな青年。三年引き裂かれていた二人が、今、並んで立っている。
「ロザリンド様」
クラリッサ嬢の目は、もう、切れた糸ではなかった。まっすぐに、光っていた。
「わたくし、決めました。叔父様の駒には、もう、なりません。セドリックと、二人で、証言します。宰相家が、縁を、どう汚してきたか。——すべて」
セドリックが、深く頭を下げた。
「クラリッサを、ずっと、諦めていました。家格が違う、身分が違うと。でも、あなたが仰ったそうですね。『引き離された糸なら、結び直せる』と」
わたしは、二人の間に張られた糸を、見た。
三年引き裂かれても、切れていなかった。むしろ離れていた分だけ、強く結ばれたがっていた。
「ええ。この縁なら——結べます」
宰相バルドウィンを詰ませる最後の一本が、今、揃った。
恨みの糸を束ねる準備は、できた。
あとは、あの男を、逃げ場のない盤の上に、引きずり出すだけだ。
宰相の報復で、辺境は支援を絶たれ、ロザには捕縛の影が。追い詰められる中、ロザは静かに「恨みの糸」を束ねていきます。
そして、かつてロザを断罪した王太子オルフェウスが、ついに真実の側へ。「二度と、大切なものの価値を、失ってから知りたくはない」——彼なりの、贖罪の一歩です。
引き裂かれていたクラリッサとセドリックも、辺境へ。宰相を詰ませる糸が、すべて揃いました。
次話、いよいよ第一部クライマックス。宰相バルドウィンを、その男自身が壊した縁で、詰ませます。どうぞお見逃しなく。ブックマーク・評価、ありがとうございます。




