第13話:お前を選ぶ
翌朝、宰相家の使者が、返答を迫りに来た。
「辺境伯。クラリッサ嬢との縁談、いかがなさいますか。冬は、すぐそこまで来ておりますぞ」
支援を止められれば、辺境は飢える。使者の声には、それを承知の、冷たい余裕があった。
アルヴィン様は、腕を組んで、しばらく黙っていた。
わたしは、その横で、胸が締めつけられるのを感じていた。
——受けるべきなのだ。頭では、わかっていた。
この政略婚を受ければ、辺境は冬を越せる。民は飢えない。橋も、畑も、結び直した縁も、守られる。クラリッサ嬢のことは、宰相を詰ませる策の中で、別に救い出せばいい。
領主として、正しい選択は、受けることだった。
そして、それは——アルヴィン様が、クラリッサ嬢と結ばれるということ。
わたしは、自分の胸の痛みに、戸惑っていた。他人の縁なら、こんなに痛まない。なのに、この縁のことを考えると、息が苦しい。
(——だめよ、ロザリンド。あなたは、縁を組む側でしょう。あなたの気持ちなんて、この盤面には、関係ない)
「アルヴィン様」
わたしは、努めて冷静に、言った。
「お受けください。辺境の民のためです。クラリッサ様のことは、わたしが、別の形で必ず——」
「断る」
アルヴィン様の声が、わたしの言葉を、遮った。
使者にではなく。わたしに、向けて。
「え……」
「この縁は、受けん。政略婚など、二度と、この辺境に持ち込ません」
「で、ですが、冬の支援が」
「支援などなくとも、冬は越す。橋を架けたお前が、この辺境を変えたんだ。人が助け合う土地は、飢えん。塩がなければ、山を越えて買いに行く。鉄がなければ、古い鍬を打ち直す。——民は、飢えさせん。俺が、そうさせん」
アルヴィン様は、使者に背を向けた。そして、わたしの前に、立った。
「ロザ」
初めて、彼が、わたしの名を呼んだ。「縁定め」でも「お前」でもなく。ロザ、と。
「俺は、政略の縁で、姉を失った。家格だ、利益だと、人を釣り合いで測る縁が、大嫌いだった。——縁など、組めば壊れる。そう思って、生きてきた」
彼の、無骨な手が、わたしの手を取った。
「だが、お前が来て、わかった。壊れる縁と、続く縁は、違う。続く縁は、釣り合いじゃない。……相手を、まるごと見ることだ」
その目が、まっすぐに、わたしを見ていた。
「俺は、お前を見ている。縁を組む道具としてじゃない。ロザ・アルシェットという、一人の女としてだ」
胸の奥で、切れていると思い込んでいた、わたし自身の糸が。
震えて、光った。
「政略の令嬢とは、結ばん。俺が結びたいのは——お前だ。ロザ。お前を、選ぶ」
わたしは、言葉を、失っていた。
縁を組む道具。選ばれない女。心のない令嬢。——王都で浴びせられた、すべての言葉が、この一言で、崩れ落ちていく。
「わたし、は……」
声が、震えた。
「わたしは、他人の縁なら、一目で読めるのです。なのに、自分の縁だけは、ずっと、読めなくて。読もうとするのが、怖くて」
「読まなくていい」
アルヴィン様が、言った。
「縁は、読むものじゃない。……結ぶものだろう」
その言葉に、わたしの目から、涙が、こぼれた。
縁を結んできた女が、生まれて初めて、自分の縁の前で、泣いていた。
「……はい」
わたしは、彼の手を、握り返した。
「この縁なら——結べます」
*
呆然と立ち尽くす使者に、アルヴィン様が振り返った。
「聞いての通りだ。縁談は、断る。宰相に、そう伝えろ」
「こ、後悔なさいますぞ! 冬の支援を失えば、この辺境は——」
「後悔は、しない」
アルヴィン様の声は、揺るがなかった。
「それに、言い忘れていたが。——冬が来る前に、そちらの宰相閣下が、支援を止めるどころではなくなる。そういう手筈らしいぞ。なあ、ロザ」
わたしは、涙を拭って、微笑んだ。
「ええ。宰相閣下ご自身の縁が、そろそろ、ほどけ始める頃です」
使者の顔が、青ざめた。
第13話、いかがでしたか。「お前を選ぶ」——不器用なアルヴィンの、精一杯の告白でした。
「縁は、読むものじゃない。結ぶものだろう」。他人の縁は読めるのに自分の縁だけ読めなかったロザが、生まれて初めて、自分の縁の前で泣きました。前作からずっと払いたかった「恋愛の報酬」、その大きな一歩です。
そして、政略婚を蹴った二人。宰相の報復が来る前に——ロザの反撃が始まります。次話・次々話で、宰相バルドウィンを、その男自身の縁で詰ませます。第一部、クライマックスへ。
ブックマーク・評価、本当にありがとうございます。




