第11話:宰相からの縁談
王太子が去って半月ほど経った頃。
辺境にもう一台、王家の紋章に似た——けれど少し違う紋章を掲げた馬車が着いた。
宰相バルドウィン家の使者だった。
「ヴェルンフェルト辺境伯に、宰相閣下よりお話がございます」
慇懃な口上とともに使者が差し出したのは一通の縁談だった。
アルヴィン様が、それを開いて読み、みるみる眉をひそめた。
「……宰相家の縁続きの令嬢、クラリッサ嬢との婚姻。だと」
わたしは、その紙面を横から見て、背筋がひやりとした。
書式は完璧だった。家格の釣り合いと持参金、後見の約束。王都で何百と見た宰相バルドウィンの手による「完璧な縁談」。
けれど、その完璧さこそが、罠だった。
「アルヴィン様。これは、ただの縁談ではありません」
「わかっている」
彼は使者に聞こえぬよう声を落とした。
「ヴェルンフェルトは、隣国ガルディアとの境を守る要衝だ。ここを宰相派の家門と縁で結べば、辺境の兵も、街道も、宰相の手に入る。……体のいい、乗っ取りだ」
「お断りに?」
「断る。だが」
アルヴィン様の顔が、曇った。
「使者は、こうも言った。『この縁を受けねば、辺境への冬の支援を、見直すことになる』と」
わたしは、息を呑んだ。
ヴェルンフェルトのような痩せた辺境は、冬を越すのに王家からの支援がいる。糧食、塩、鉄。それを止められれば、この冬、辺境の民は飢える。橋を架け、縁を結び直し、ようやく上向き始めたこの土地が。
「縁を、人質に取ったのですね」
わたしは、静かに言った。
これが、宰相バルドウィンのやり方だった。
*
その夜、わたしは長いこと、眠れなかった。
宰相バルドウィン。王家の縁組を家門の利権に変えてきた男。
思い返せば——わたしが王都を追われた本当の理由も、たぶんこの男にあった。
セシリア様の讒言は、きっかけにすぎない。宰相にとって、わたしの縁定めは、目障りだったのだ。
わたしは、「続く縁」を結ぶ。相性を読み、遺恨をほどき、壊れない縁を組む。けれど、宰相が儲けるのは、「壊れる縁」からだった。
無理な政略婚を斡旋し、斡旋料を取る。その縁が壊れれば遺恨が生まれ、家門が弱る。弱った家門は宰相に頼る。頼られた宰相はまた新しい「壊れる縁」を斡旋する。
壊れる縁こそ宰相の商売の種だった。
だから、「壊れない縁」を組むわたしは、種を枯らす存在だった。邪魔だった。
「……そういうことだったのですね」
半年前、大広間で断罪された理由が今ようやく腑に落ちた。
わたしは、セシリア様に嵌められたのではない。セシリア様もまた、宰相の盤上の、一つの駒だったのだ。
*
翌朝、わたしはアルヴィン様に願い出た。
「クラリッサ様に、お会いしたいのです」
「なに?」
「その縁談のお相手。宰相家の令嬢を、一度、この目で見たいのです」
アルヴィン様は、怪訝そうな顔をした。
「敵の駒だぞ。会って、どうする」
「駒かどうかは、糸を読めばわかります」
わたしは、言った。
「宰相バルドウィンは、人を駒として使う男です。だとしたら——そのクラリッサ様もまた、宰相に使われている駒なのかもしれない。もし、そうなら」
わたしは、窓の外の、実り始めた辺境を見た。
「わたしは、その駒の、本当の糸を、読んでみたいのです」
アルヴィン様は、しばらくわたしを見ていた。
そして、ふ、と笑った。あの、初めて見た笑顔で。
「……お前は、本当に、敵の縁まで読もうとするんだな」
「ええ。それが、縁定めですから」
宰相バルドウィンは、縁を壊すことで儲ける男。
ならば、わたしは——結ぶことで、その男を、詰ませてみせる。
新たな敵、宰相バルドウィンが本格的に動き始めました。辺境を政略婚で乗っ取ろうと、「冬の支援」を人質にした縁談を突きつけてきます。
そして、ロザが追放された本当の理由も明かされました。セシリアの讒言は、きっかけにすぎなかった——「壊れる縁で儲ける」宰相にとって、「壊れない縁を組む」ロザは、目障りだったのです。
ロザは、政略婚の相手クラリッサ嬢に会いに行きます。敵の駒の、本当の糸を読むために。第一部のクライマックスへ向かいます。
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