麗しきお嬢様プロトコル (前編) 探偵おじさん
おっさんの事務所は相変わらず薄暗く、埃と煙草の匂いが染みついていた。
古びた革ソファーに腰を下ろしたシキは、膝をぴったりと揃え、
背筋を伸ばして優雅に微笑んでいる。脳内では地獄の叫びが響いていた。
『うわっ……この体、勝手に上品モード全開じゃねえか……!
チョビのトラップ、ほんとに直んねえ……▽×■〇☆!』
そこへ、おっさんが顎ひげをいじりながらデスクに
足を投げ出してニヤニヤしながら言った。
「よし。今回は最新ガジェットの移送をしてもらいたい。
お前らチビ共がいつもゲームでやってるおつかいクエってやつだ。
ハハ・・・ガジェットの内容は当然のごとく極秘だ。
いつものように封を開けた瞬間にブーーン!!!派手にぶっ飛ぶから十分注意するように。
移送日は3日後、時間と詳細は追って連絡を入れる。
ノンチアン地区→旧六本木ヒルズにあるアサクラ支社S3LV研究所だ。
今回は秘匿性を高めるためにランナー(運び屋)はお前ひとり。
バックアップ無しだ。いいな?予想される脅威可能性は……
まあ……うん大丈夫だろ!わかったか?」
シキは優しく微笑み、両手を膝の上で重ねて上品に首を傾げた。
「まあ……旧六本木ヒルズのアサクラ支社でございますの?
それは大変光栄なお役目ですわ。夜の街を優雅に駆け抜けて、
企業エリアまで……ふふっ、わたくしにお任せくださいませ。
クソおっ…コホン。のご期待に沿えるよう、精一杯務めさせて
ざっけんんんん!‥‥エヘン。いただきますわ。」
脳内シキは絶叫していた。
『アサクラ!? あの超ヤバい軍事企業のASAKURA!?
あたしはいつから運び屋だ?専門の奴いんだろうが…。
チャリでいけってのか??? 一人で極秘ガジェット運びとか、
完全に死にゲーじゃねえかこの適当親父!!
3日後って……準備期間短すぎんだろ!!』
おっさんはシキの返事を待たずに手を振った。
「OK。以上だ。契約書なんてねえしいらんよな?
報酬は30万ANC(AUN Nexus Credit)だ。
紙屑の円なんかよりよっぽどマシだろ?
カーっ、Nexus決済最高だぜ~。パチンッ☆指をわざとらしく鳴らす。
着手金2割、今日中に振り込んでおく。質問もないみたいだな。
以上。さっさと帰れ。」
シキは口を開きかけたが、(脳内:質問あんだろーが!!
詳細もリスクも何も聞いてねえよこのクソオヤジ!!)
…優雅に立ち上がり、両手を胸の前で軽く重ねてにこやかに微笑んだ。
「それでは皆様、ご機嫌よう……。わたくし、失礼いたしますわ。」
スカートの裾(実際は短パン)をエアーで摘まんで小さく一礼し、
事務所のドアを軽やかに閉め——、バコン!!!!!
脳内シキの苛立ちがドアの閉め方に少し出てしまったようだ。
事務所の中では、チョビが慌てておっさんのデスクに駆け寄った。
「所長! あいつは嫌いですが、少し……キツくないですか? せめてバックアップくらい……」
言いかけたところで、おっさんは片目でウィンクをし、手を雑に左右に振った。
「ハハハ、いいんだよいいんだよ。あいつ一人で十分だ。
むしろそのお嬢様口調で敵を油断させてくれりゃ儲けもんだろ。」
チョビはため息をつき、肩を落とした。一方、事務所の入っている雑居ビルの階段を降り、
外の路地に出たシキは、
ふう……と小さく息をついた。「ふふっ、今日も無事に任務をお受けできましたこと……。
いやいやいいやいやいややい!…ンっウン…。次は3日後、
旧六本木ヒルズのASAKURA支社ですわね。楽しみですわ。」脳内は真っ暗だった。
『楽しみじゃねえよ!! 一人運びでASAKURA支社とか、
マジで死ぬ確定コースじゃん……! この口調いつ直るんだよ……! おっさん!!
てめーなんかどうせ1日8時間以上課金ぶっぱで
画面の前でシコってるだけじゃねえかこのマザーファッカー!
老害!! ▽×■〇☆以下略』
その時——。
マッサージ嬢の店が並ぶ薄暗い路地の奥、紫色のネオンがチラチラと
明滅する影の中から、一人の人物がじっとこちらを凝視していた。
黒いフードを深く被った怪しい装束。
亡霊のように青白い手には、ぬめぬめと光る大きなカタツムリ(スナイル)が
ゆっくりと蠢いている。シュコー……シュコー……
低くかすれたマスク越しの呼吸音が響き、
合成音のような不気味な声が路地の闇に溶けた。
「……ス…ス…スナイルに……捧げよ……」
シキは気配に気づき、にこやかにそして優雅に振り返ったが
——もうその姿は影(マッサージ嬢の後ろ)に溶けていた。
マッサージ嬢がシキに気づいて投げキッスを送り笑顔で手を振っている…。
「コホン!まあ……気のせいですわね。」彼女は優雅に微笑み返しながらも、
背筋に冷たい汗が伝うのを感じていた。脳内シキは叫んでいた。
『いや絶対に気のせいじゃねえ!! なんかヤバい奴がこっち見てたぞ!?
またフラグだろ! ASAKURA+ストーカー+お嬢様口調とか…………
だりい‥‥もういいわ』
こうして、3日後の単独移送任務に向けた、
下町魔女の不運な予感はさらに濃くなっていった。
(続く)




