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スライム&ナポリタン (後編) チョビ登場

ダウンタウン午後4時。


湿った空気が肌にまとわりつくような嫌な天気。

シキは黒のフードを深く被り、黒い短パンに黒ブーツという、

いつもの外出着で雑居ビルの前に立っていた。


遥か頭上には巨大なメガストラクチャーが浮かび、

薄汚れた空をさらに圧し潰している。


潮の匂いと排気ガス、路地裏の油と安い飯の香りが混じり合った、

いつものこの街の臭いだ。

「汚ねえビルだな……」小さくため息をつき、


シキはビルの自動ドアをくぐった。エントランスには完全武装の警備員が二人、

無言で睨みを利かせている。管理事務所のガラス窓越しに、

肥えた中年男がこちらをチラリと見たが、すぐに興味を失ったように視線を逸らした。


シキは無視して奥の通路へ進む。広めの廊下は薄暗く、

天井の蛍光灯がチカチカと不機嫌に瞬いていた。壁際に中華系の男たちがたむろし、

煙草の煙をくゆらせながら低い声で何かを話している。


少し離れたところで、義体をガチャガチャ鳴らした

黒人のサイバネが腕を組んで立っていた。視線が痛い。


シキはフードをさらに深く引き下げ、足早にエレベーターへ向かった。

4階ボタンを押す。古いエレベーターはギシギシと不吉な音を立てながら上昇した。

ドアが開くと、そこは別世界だった。


4階の廊下はマッサージ屋の看板だらけ。ネオンがピンクと紫に妖しく光り、

甘ったるい香水と消毒薬の匂いが混ざっている。


入り口に立つサイバネの女たちが、長い義肢の脚を組んで客引きをしている。

彼女たちの視線がシキに一瞬集中した。「なんだ……女か」

チラチラと値踏みするような目が刺さるが、幸い声をかけてくる者はいなかった。


女同士だと商売にならないと判断されたらしい。

シキはホッと息を吐きながら、廊下の奥にある小さなドアの前に立った。


『オフィス・カガミ 探偵・相談所』剥げかけたプレートに、

そう書かれている。

ドアの横には「本日は営業中」の手書き紙がテープで貼られていた。


シキはフードを少しだけ上げ、深呼吸をした。

(……ここに来るのも、なんだかんだで三回目か)シキは小さくノックした。

ガチャ。ドアが向こう側から半開きに開いた。


隙間から顔だけ覗かせたのは、小さな体躯に不釣り合いなほど

ガッツリしたミリタリー装備の赤髪少女だった。いつもの冷めた目。

チョビだ。


(あたしだってわかってんのに……おそらくあっち側では銃を抜いて、

ぎりぎり見えない位置に構えてんだろ。めんどくせー)


チョビがわずかに首を傾げた。「ん? 君は確か……」

「シキだよ! あのクソ親父に——」言いかけた瞬間、

チョビが素早くピースサインを作った。


指先の小型デバイスが一瞬、青白く高周波フラッシュを発した。

「チョビ、何を——!?」突然、視界が真っ白に染まり、

頭の奥が痺れるような感覚が走った。

「あら……何だか……眩しいですわ」自分の口から出た言葉に、シキ自身が凍りついた。

上品で浮世離れした口調。舌と思考が勝手に捻じ曲げられたような強烈な違和感。

闘争心や苛つきまで抑えられてる。。。


チョビは小さく鼻を鳴らして、ようやくドアを広く開けた。


「よし、良いだろう。中へ入りなさい」

チョビは相変わらず無表情のまま、シキを中に招き入れた。


事務所の中は相変わらず煙草と古コーヒーの匂いが充満している。

奥のデスクでは、例のおっさん(所長のカガミ)が足を組んで

ニヤニヤしながらこちらを見ていた。

「おう、シキ。来たか。警戒解除していいぞ~お」


チョビは小さく肩をすくめ、隠し持っていた小型拳銃をホルスターに戻した。

シキはまだ自分の口調の変化を引きずりながら、カガミの前に立った。

「……貴方達ってほんとうに。えげつないですわ……」



チョビは淡々と無視する。シキはため息をついた。

「依頼内容を聞かせて頂戴……」おっさんは灰皿に煙草を押しつけながら、

低く笑った。


「なかなか似合うぞ?シキイ~♪最新の軍事ガジェットも使いようってやつだな? 

まあ座れ。今回は楽な依頼だぞ」その言葉とほぼ同時に、

ブラインドの隙間から外の景色がチラリと見えた。


警察AV(空飛ぶクルマ)がサイレン全開で高速でビル脇をすり抜けていく。

赤と青の警告灯が湿った空に反射し、すぐに遠ざかっていった。


ダウンタウンの午後4時17分。

今日も、ろくでもない一日になりそうですわ…

(続く)


挿絵(By みてみん)

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