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第54話 選ばれるのは嬉しい、でも簡単じゃない
それでも工房への依頼は止まらなかった。
包丁の相談、小刀の柄直し、鎌の研ぎ、道具の重さの違和感。どれも村鍛冶がやれないわけではない。だが、話を聞いてほしい、使い方を見てほしい、そういう種類の依頼が、自然とこっちへ流れてきている。
選ばれているのだ。
ありがたい、とは思う。
実際、自分の打ったものが役に立っているのを見るのは悪くない。
だが、その“選ばれる”が別の誰かの仕事と並ぶ時、話は簡単ではなくなる。
夜、炉の前で火を見ながら、俺は小さく呟いた。
「選ばれるってのは、楽な話じゃないな」
「独り言?」
横からリッカが聞く。
「そうだ」
「でも答え合わせしていい?」
「するな」
「親父のことだろ」
「……」
「やっぱりな」
俺は返事をしなかった。
選ばれるのは気分がいいから困る、という話ではない。
道具を託されるのは重い。
それが誰かの暮らしに直結するなら、なおさらだ。
そして今は、その重さが村鍛冶との摩擦にもつながる。
火の前で考えると、余計に逃げ場がなくなる。
だが、逃げたくないからこそ、ここで火を見ているのだとも思った。




