第53話 包丁を頼むか、親父に任せるか
村の朝は、思っている以上によく喋る。
女将の店先で湯気が上がり、畑へ向かう女たちが立ち話をし、荷車を押す男が途中で足を止める。そういう何気ない会話の中に、村の空気は混ざっている。
その日、俺が女将の店へ塩を受け取りに行くと、ちょうど戸口の前で二人の女が話していた。
「包丁なら、親父さんのとこでも足りるんだけどねえ」
「でも細かい相談は森の工房の方が聞いてくれるし」
「急ぎなら親父さん、細かいのは森……って感じかね」
「そうそう」
悪気はない。
それが分かるぶん、余計に面倒だった。
女将は俺に気づくと、少しだけ気まずそうに笑った。
「聞こえたかい」
「聞こえた」
「まあ、あの子らの言うことも分からなくはない」
「……」
俺は何も言わなかった。
村人の中で、自然と使い分けが始まっている。
急ぎの修理と数仕事は村鍛冶。
細かい相談や使い手に寄る刃物は森の工房。
理屈としては自然だ。だが、それを村鍛冶の父がどう聞くかは別の話だ。
工房へ戻ると、リッカがすぐに気づいた。
「何だよ、その顔」
「おまえの親父にとって、あまり良くない噂だ」
「……ああ」
「もう始まってる」
「うん」
リッカは唇を噛んだ。
「これ、親父が聞いたら絶対気づく」
「だろうな」
「……嫌だな」
「俺もだ」
そこだけは、珍しく完全に同意だった。




