第52話 弟子未満、はじめて“惜しい”と言われる
その夜、工房の前で火の番をしていると、リッカはまた木板へ図を描いていた。
以前より線が増えている。重さの位置、刃の流れ、柄の返し。まだ雑だが、ただの絵ではなく、考えた跡がある。
「なあ」
リッカが聞く。
「何だ」
「今日のやつ、やっぱ駄目だったか」
俺は少しだけ間を置いた。
「駄目じゃない」
「え?」
「惜しい」
「……惜しい?」
「半分は合ってた。もう半分が足りなかった」
「それって……」
「外した理由が分かるなら、次で詰められる」
「……!」
リッカの顔が、一瞬で明るくなる。
だが次の瞬間には、嬉しいのを抑えようとして妙に変な顔になる。
「それ、褒めてる?」
「惜しいと言っただけだ」
「でも前なら“駄目”って切ってたろ」
「切ってない」
「切ってた!」
「うるさい」
「でも“惜しい”か……」
リッカは木板を見つめた。声の調子が少し変わっている。
「なんか、初めて、ちゃんと鍛冶の話で褒められた気がする」
「褒めてない」
「いや、その否定はもういい」
言いながら、リッカは本当にうれしそうだった。
その顔を見ると、こちらも変に冷たくはできない。だからといって素直に認めるのも癪なので、俺は炭を一つ動かしながら言う。
「次は外した理由まで先に考えろ」
「やる」
「返事が軽い」
「でもやる」
「そうか」
「……ありがとな」
「それはもう言った」
「二回言っても減らねえだろ」
「うるさい」
その夜、リッカは珍しく早く帰らなかった。工房の前で、木板へ何度も図を描き直し、消して、また描いていた。前までなら、ひとつ褒められれば浮かれて終わっていたはずだ。だが今日は違う。
少しだけ、本気で次を考えている。
それを見て、俺は小さく息を吐いた。
面倒なやつだが、少しずつ形にはなってきているのかもしれなかった。




