第50話 草刈り鎌は、二本とも同じ顔をしていない
朝の工房には、まだ少し夜の冷えが残っていた。
炉の前にしゃがみ、俺は二本の鎌の材料を並べる。見た目には大差のない二本だ。だが、これから作るものは同じ顔にはならない。
リッカはその横で、珍しく最初から真面目な顔をしていた。前に出した課題――同じ草刈り鎌でも使い手によって違う、という観察を、こいつなりに持ち帰ってきたからだ。
「で」
俺は炭を寄せながら言った。
「どこを変える」
「えっ、いきなりか?」
「いきなりじゃない。おまえが見てきたんだろ」
「そりゃそうだけど……」
リッカは少しだけ唇を噛み、それから地面に炭でざっと図を描いた。
「一人目は、畝の狭いとこで小さく刻む感じだった」
「ああ」
「だから、刃元で仕事しやすい方がいい」
「それで」
「二人目は、草丈のある方で引いて刈ることが多かった。だから、もう少し流れがいる」
「うん」
「で、重さも……その、前の勝ち方が違う方がいい、と思う」
最後のあたりはまだ曖昧だったが、前よりはずっといい。
俺は小さくうなずく。
「半分は当たりだ」
「半分!?」
「もう半分は、まだ雑だ」
「うわあ……」
「重さだけじゃなく、柄との繋がりも見る。小刻みに使う方は、返しやすさがいる」
「……あ」
「引いて刈る方は、刃の流れが死なない方がいい」
「そっか」
リッカの顔が少しだけ変わる。
言われて、見えていなかった点に気づいた顔だ。
俺は鉄を火へ入れた。
「じゃあ、作るぞ」
「お、おう!」
火が立ち、鉄が赤を帯びる。まずは一本目。刃元側の仕事がしやすいよう、流れを短くしすぎず、しかし無駄に先へ逃がさない。小刻みに使う手首の返しを考えて、重心はやや手元寄りにまとめる。
ごん、ごん、ごん。
次に二本目。こちらは少し長く流す。草を引いて払う時に、刃が止まらない形へ寄せる。ただし軽くしすぎると湿った草で負ける。だから腹へわずかに粘りを残す。
ごん、ごん、ごん。
横で見ていたリッカが、火色と形を交互に追いながら言う。
「同じ鎌でも、ここまで変わるんだな」
「まだ変わり切ってない」
「いや、でも最初から違う顔になってるぞ」
「違う使い手に向けるんだから当たり前だ」
「そういう“当たり前”が増えてきたの、ちょっと悔しいな」
「悔しがる暇があるなら見ろ」
「はい」
返事のあと、リッカは本当に黙った。
こいつが黙って見ている時は、だいたい何かを覚えている時だ。だから厄介でもあるし、少しだけ頼もしくもある。
昼前には二本の鎌の輪郭がだいぶ分かれてきた。見た目は似ている。だが、持った時の返り方が違う。刃の入りも違う。
俺は片方をリッカへ渡した。
「持て」
「え?」
「違いを言え」
「うわ、急に来た」
リッカは一本ずつ持ち比べ、真剣な顔になる。
「こっちは、なんか、すぐ返る」
「ああ」
「こっちは、もうちょい前に行きたがる」
「そうだ」
「……面白え」
そう呟いた時の顔は、騒がしい押しかけ娘ではなく、ちゃんと火の前に立つ人間の顔に近かった。




