第49話 森の工房は、もう一人だけの火ではない
夜、工房の前で火の番をしながら、俺はここまでのことを思い返していた。
町へ行った。
町の仕事場を見た。
町の包丁を持ち帰った。
村へ落とし込んだ。
リッカの父が来た。
リッカは少しだけ考える顔を覚えた。
こうして並べると、たった数話のあいだにずいぶん進んだ気がする。いや、実際には話数なんて関係なく、ただ日々の仕事が積み重なっただけなのだが。
火は静かに燃えている。
工房の前の椅子は二つ。小屋は相変わらず粗い。炉も仮設の域を完全には出ていない。なのに、ここはもう最初の頃とはまるで違う場所になっていた。
一人だけの火ではない。
村人が来る。
道具を預ける。
礼を置いていく。
町の課題が持ち込まれる。
弟子未満が騒ぎ、考え、また騒ぐ。
静かな暮らしとはだいぶ違ってきている。だが、それを完全に嫌だと思えなくなっている自分もいた。
「なあ」
隣で、リッカが小さく言った。
「何だ」
「今日の答え、半分って言っただろ」
「ああ」
「じゃあ、残り半分も考える」
「そうしろ」
「……それって、ちょっとは認めたってことか?」
「何を」
「考える鍛冶」
「芽くらいはある」
「おっ」
リッカが顔を上げる。
「それ、褒めた!?」
「芽だ」
「でも褒めた!」
「騒ぐな」
「うっしゃあ!」
結局騒ぐ。
だが、その騒がしさも今日は少しだけ悪くなかった。ほんの少しだけだが。
俺は炉へ視線を戻す。次に打つのは、新しい鎌の試作になるだろう。村の畑、使い手の手、振りの違い、仕事場の狭さ。その全部を落とした一本。
町を見たあとで村へ戻り、村鍛冶の父と向き合い、弟子未満へ課題を投げた。その先に、ようやく次の火が見えてきた。
炭を一つ、炉へ足す。
「……次は、ちゃんと考えて打つ番だ」
口にすると、火が少しだけ強くなる。
森の工房の夜は静かだった。
けれど、その静けさはもう、以前みたいな一人きりのものではない。
にぎやかさの余韻を抱えた静けさだ。
それも悪くないと、少しだけ思った。




