第43話 親父の仕事を奪いたいわけじゃない
鋤先の件のあと、リッカはいつもの勢いが少し薄かった。
薪を分け、水を汲み、炭を見る。手は動いている。だが口数が少ない。こういう時のこいつは、たぶん本気で何かを考えている。
夕方、炉の火が落ち着いてきたころ、リッカがぽつりと言った。
「あたしさ」
「何だ」
「親父の仕事を奪いたいわけじゃねえんだ」
俺は何も言わず、火の色を見た。
「分かってる」
「……ほんとか?」
「本当だ」
「でも、今日のやつとか見るとさ」
「鋤先か」
「うん。おまえが直せるのも分かるし、助かるのも分かる。でも、ああいうの増えたら、親父んとこと被るだろ」
「被るな」
「……」
リッカは膝を抱えた。
「ここが頼られるの、嬉しいんだよ。おまえの鍛冶すげえって思うし。でも、そのせいで親父の仕事が減るみたいになったら、なんか違う」
「違うな」
「だろ?」
俺は少し間を置いてから言った。
「俺は奪うつもりはない」
「うん」
「でも、困ってるやつが目の前に来たら、直せるものは直す」
「うん」
「そこは変えん」
「……うん」
それ以上、うまい言い方はできなかった。
不器用な言い方だと思う。だが嘘はない。村鍛冶の仕事を横から食うつもりはない。けれど、目の前で困っているやつを「他所へ行け」とだけ言うのも違う。たぶん、この先もその間で揺れるのだろう。
リッカは少しだけ視線を落とし、それから言った。
「それでも、あたしはここで見たい」
「……」
「親父の仕事を否定したいわけじゃない。でも、おまえの鍛冶も本気で見たい」
「見ればいい」
「弟子にしろとは言わねえ」
「それは助かる」
「でも見習い未満くらいにはいていいだろ」
「勝手にいるだけだ」
そこは崩さない。
リッカはようやく少しだけ笑った。
「……そこ、ほんと頑固だな」
「大事なところだ」
「でも、ありがとう」
「何が」
「奪うつもりはない、ってちゃんと言ったから」
そういうふうに言われると、少しだけ返事に困る。
俺はこういうところが、昔からあまり得意ではなかった。
だから、火の方を見たまま短く答える。
「そう思ってるだけだ」
「うん。それでいい」
工房の夜は静かだった。
だが、その静けさの中に、言葉にしない温度が少しずつ混ざり始めている気がした。




