第40話 弟子未満、はじめて真似ではなく考える
工房へ戻ると、リッカは珍しく先に炉の前へ座っていた。
「どうだった」
「見れば分かるだろ」
「いや分からん。顔にちょっと満足が出てるのは分かるけど」
「出てない」
「出てる」
こいつは本当に、最近やたらと俺の顔を読む。
俺は包丁を道具台へ置き、女将の反応を簡単に話した。前のものより流れがよく、だが軽すぎず、村の仕事へ合っていたこと。町で見た速さをそのまま持ち込まず、噛み砕いて落とす必要があったこと。
話し終えるころには、リッカはいつものように口を挟まず、かなり真面目な顔になっていた。
「……難しいな」
ぽつりと言う。
「何が」
「前だったらさ、“町のやつすげえ! 真似しよう!”で終わってた」
「終わってたな」
「でも、それじゃ駄目なんだろ」
「駄目だ」
「うわ、即答」
「即答でいいところだ」
リッカは少し唇を尖らせたが、すぐに真面目な顔へ戻る。
「同じ草刈り鎌でも違う、ってのはもう何となく分かった」
「うん」
「でも“町で良かったもの”をそのまま持ってきても駄目ってのは、また別の難しさだな」
「そうだ」
俺は薪をひとつ動かしながら答えた。
「すごいものを作るのと、合うものを作るのは違う」
「……」
「たとえば町の包丁は町で働く。だが村の台所にそのまま入れると、使い手が無理をするかもしれん」
「逆もある?」
「ある。村でちょうどいい重さが、町では遅い」
「……あー」
リッカは膝を抱え、しばらく黙り込んだ。
その沈黙は悪くなかった。前なら「なるほど!」で終わっていたところを、自分の中でどうにか言葉へ落とそうとしている顔だ。そういう顔ができるようになっただけでも、一歩は進んでいる。
少しして、リッカは立ち上がり、工房の隅へ置いてあった木切れと炭の欠片を持ってきた。地面にしゃがみ込み、炭で何やら線を引き始める。
「何してる」
「図」
「雑だな」
「うるさい、今考えてるんだ」
木切れの上に、リッカは二本の刃の形を描いた。ひとつは少し丸く、もうひとつは長く流すような線だ。さらに横に、手の位置らしきものまで描き足す。
「これ、村」
「……」
「こっち、町」
「……雑だが」
「雑だが?」
「考えようとしてるのは分かる」
「よし」
よし、じゃない。だが、本当に少しだけ“考えようとしている”のは伝わる。
「村は、たぶん“止まってもいい”んだよな」
リッカが言う。
「止まっても?」
「いや、語弊あるか。町よりは、一回一回の切りに重さかけても回る。けど町は、止まると駄目」
「……ああ」
「だから刃の流れも、疲れ方も、求める正解が変わる」
「そうだ」
「すげえな、鍛冶って」
「今さらか」
「今さらだよ」
リッカは炭のついた指を眺めて、少し笑った。
「前は“いいものを作る”って、もっと単純だと思ってた」
「単純な方が楽だ」
「でも、おまえのやってるの見てると、全然単純じゃねえ」
「だから面倒なんだ」
「でも、その面倒さがいいんだろ?」
「……」
図星を突かれて黙るしかなかった。
工房の火は、ただ鉄を熱して打つだけのものではなくなってきている。誰が使うか、どこで使うか、どう疲れるか。そういうものまで一緒に考える火だ。
リッカはまだそこへ足を踏み入れたばかりだ。だが、ただ“すごいもの”を真似しようとするだけのところからは、少し離れ始めていた。
それが分かっただけで、この日一日は十分意味があった。




