第31話 町の昼を変えたのは、大層な名刀じゃなかった
昼の仕込みが本格化する前に、親方の店へもう一度戻ることになった。
ミレナが「どうせなら今のうちに見せておきたいでしょ」と言い、親方も「昼に入る前の一番忙しいところで分かる」と応じたからだ。
俺としては、そこまで段取りよく面倒が進むのはありがたくない。だが、理屈としては正しい。町の台所で包丁の違いがいちばん出るのは、仕込みが詰まる時間だ。
親方は、俺が持ち帰る前の応急調整をもう一度受けた包丁を手に、調理台へ向かった。周囲の見習いたちも、さすがに気になるのかちらちら見ている。
「で、もう少し違うってわけか」
「さっきよりは」
「偉そうだな」
「事実だ」
「腹立つな」
「二回目だぞそれ」
親方は鼻を鳴らしたが、その口元は少しだけ緩んでいた。
食材が並ぶ。葉物、根菜、肉、香草。村の女将の店より量も種類も多い。親方は深く息を吐き、一気に包丁を走らせた。
と、と、と、と。
音が速い。
だが、乱れていない。前よりさらに無駄な押し込みが減っている。刃が食材へ入る位置が浅くなり、その分だけ手首の返しが軽い。速度を上げても流れが止まらない。
親方の眉が動いた。
「……おい」
「何だ」
「これ、昼まで持つな」
「最初からそう言ってる」
「言い方」
「事実だろ」
親方は肉へ刃を入れ、次にまた野菜へ戻る。その切り替えの時に、前ほど包丁の重さを持ち直していないのが見て取れた。つまり、疲れ方が変わっている。
見習いの一人が、思わず声を漏らす。
「親方、速いです」
「速いんじゃねえ。戻りが軽いんだ」
「何が違うんです?」
「刃の流れだろうな」
親方はそう言いながら、ちらりと俺を見る。
「腹立つが、分かる」
その一言で十分だった。
包丁一本で町の昼の流れが少し変わる。大層な名刀ではない。伝説の剣でもない。ただの台所包丁だ。それでも、仕事場ではそういうものの方がよほど大きい。
俺はその光景を見ながら、胸の奥で小さく納得していた。
村でも町でも、結局変わるのはそこなのだ。
使う人間の動き。
その日の疲れ方。
仕事の流れ。
だから、この鍛冶はやめられないのかもしれない。




