第29話 見習い鍛冶は、使う人の顔を知らない
町鍛冶の店先から少し離れたところで、不意に後ろから声がした。
「あ、あの!」
振り向くと、煤で顔を汚した少年が立っていた。年はリッカと同じくらいか、少し上か。さっき鍛冶屋の中を走っていた見習いの一人だろう。腕には細い火傷の跡がいくつか見える。
「何だ」
俺が言うと、少年は一瞬だけたじろいだ。無理もない。森から来た鍛冶屋だの何だの、よく分からない相手に話しかけるのだから。
「ミレナさんから、聞きました」
「余計なことを」
「褒め言葉よ」
「違う」
少年は革袋から小さな細工道具を取り出した。細身の刃物だ。木工か革細工で使うものだろう。よく研いであるが、刃先の減り方が妙にちぐはぐだ。
「これ、作ったんですけど」
「それで」
「注文通りの形にはしたつもりなんです。でも、使う人に“手が疲れる”って言われて……」
その言い方に、俺は少しだけ目を細めた。
注文通りの形にはした。だが、使う人に合っていなかった。つまり、ものの形だけ見て、仕事の中身を見ていない。
「使うやつは誰だ」
「木工職人です」
「見たか」
「え?」
「仕事してるところを」
「……そこまでは」
だろうな。
俺は刃物を受け取り、軽く重さを見る。見た目は悪くない。町鍛冶の見習いらしく、整えて作ってある。だが整いすぎていて、仕事の癖を受け止めていない。
「注文通りに作るのは悪くない」
俺は言った。
「でも、使うやつがどう握って、何を削って、どこで力をかけるかを見ないと、手が疲れる道具は普通にできる」
「……」
「形だけ合ってても駄目なことがある」
「そんなの、どうやって分かるんですか」
「見る」
「見るって……」
「使うやつを見るんだよ」
少年はしばらく黙っていた。
そんな鍛冶があるのか、と顔に書いてある。町鍛冶では、たぶんそこまで一人ひとりを追っている余裕がないのだろう。だからこそ、この驚き方になる。
「注文書の形を写すだけじゃなくて、持つ手と仕事の流れを見る」
俺は刃物を返しながら言った。
「そうすると、削る場所や残す場所が少し変わる」
「……」
「できるなら、その木工職人の仕事を一回見ろ」
「見れば……分かりますか」
「見ても分からないかもしれん。でも見ないよりはましだ」
少年は真剣な顔で頷いた。
横で聞いていたミレナが、いかにも面白そうに笑う。
「やっぱり教えてるじゃない」
「違う」
「そういうの、一般には教えるって言うのよ」
「違う」
「そこは頑固なのね」
「頑固じゃない」
「十分頑固よ」
少年はそんな俺たちのやり取りを、少し戸惑ったように見ていたが、やがて深く頭を下げた。
「……ありがとうございました」
「礼は使ってからにしろ」
「はい!」
その返事の良さに、少しだけリッカを思い出した。
町にも、似たような火種はいるらしい。




