第28話 町の鍛冶屋は、忙しくて立ち止まれない
料理場を出たあと、ミレナは約束通り町の鍛冶屋の前を通る道を選んだ。
通るだけ、と言いながら、たぶん俺に見せるつもりなのは分かっている。分かっていて、文句を言うのも面倒だった。見たい気持ちがある以上、こっちが完全には拒めないからだ。
鍛冶屋の前は、村の工房とはまるで別物だった。
まず、量が違う。
店先に並ぶ鍬、鎌、金具、釘束、荷車用の輪金、蝶番、鉄片。どれも整ってはいるが、一つひとつを眺めて味わうためのものではない。必要とする誰かに、すぐ渡すための顔をしている。
奥からは金槌の連続音が絶えない。火の熱気も強い。見習いらしい若者が何人も走り回り、焼けた金具を運び、炭を足し、冷やし、次を準備している。
「忙しそうだろ?」
ミレナが言う。
「……忙しい、で済ませる量じゃないな」
「町の暮らしを止めないためには、これくらい回さないといけないのよ」
俺はしばらく無言で店先を見ていた。
正直に言えば、見下す気持ちはまるで起きなかった。むしろ逆だ。これだけの量を止めずに回しているのは、技術だ。しかもただ打つだけではなく、納期も客も材料も全部頭に入れて動かしている。別種の職人芸と言っていい。
「見ないの?」
ミレナが聞く。
「見てる」
「そうじゃなくて、中」
「今入ると邪魔だ」
「へえ」
「今、あいつらは一本を詰めてるんじゃない。流れを止めない方が先だ」
「なるほどね」
「だから今行って“この包丁は”とか言い出すのは、ただの邪魔だ」
「そこまで分かるなら大したものよ」
分かる。なぜなら、こっちだって工房で火の流れを止められるのは嫌いだからだ。忙しい場には忙しい場の優先順位がある。そこへ外から入り込むなら、最低限の礼儀がいる。
店先に立っているだけで、町鍛冶の事情が少し見えてきた。
村では一つの工房が生活へぴったり張りついている。町では、工房が「流れの中のひとつ」になっている。だから一本に寄せる余裕が減る。だがその代わり、数をさばく力が必要になる。
優劣ではない。
違うだけだ。
その「違う」をちゃんと見られたことは、町へ来た価値のひとつだった。




