第24話 P.M.14:00 by 犬井
あれから1時間、ようやく『岩国』――
「電車、止まっちゃったね……」
「そうだな」
――の1つ手前、『西岩国』。激しくなっていく大雨でついに電車が動かなくなっちゃった。
改札を抜けてすぐの出口は――
「なんにも見えないね……」
雨の勢いがすごすぎて『ザァーッ』って音じゃない、『ドォーッ』っと硬いものが当たるみたいな音で降り続いて、カーテンがかかってるみたいに景色が真っ白になってる。
煙みたいに染まった景色の中で、目をこらしてなんとか見える道には人が一人もいない。それどころか道路には車が1台も走ってない。
「タクシーは……呼べなさそうだな」
グッタリとイスに座って、青白い顔をした百瀬くんはボーっと遠くを見てる。
「泊まるとこ決めて、お部屋で休まない? 私、探すからさ!」
「……じゃあ頼むよ」
もう無理させるわけにはいかない、そう思ってスマホを出す――
「あっ……あれっ?」
――電源ボタンを押しても画面は暗いまま……そういえば、昨日充電ってしたっけ?
静かになった駅で、カチッ、カチッっとボタンの乾いた音がこだまする。
風が強くなって、ザァーッと降る雨の音は心なしか大きくなってる。
「……やっぱり探すの、手伝ってもらえない?」
ヤレヤレって言うみたく目を細くした百瀬くんはため息を吐きながらスマホを出してくれた。
しっかりしないといけないのに、迷惑かけちゃってる。
私、なんであんな堂々と言っちゃったんだろう……恥ずかしい。
百瀬くんのとなりに座って、バッグをイスの端っこに乗せる。
◆
「じゃあ、ここにしよっか……遠いけど」
「そうだな」
駅の中で雨が弱まるのを待ちながら、百瀬くんのスマホを借りて今日泊まる場所を決める。
『吉浜旅館』、一番近くにあるお宿だけど、それでもここから2キロくらいある。この雨じゃ行けそうにない。
でもタクシー会社に電話しても『今は大忙しで西岩国までタクシーを回せない』って断られちゃったし、歩くしかない。
仕方がないから他に泊まれるところがないかを探す途中で、心配になってちょっと百瀬くんを見る。
百瀬くんはクラクラしてて……なんだか、電車から降りたのに百瀬くんの顔色は少しずつ悪くなってる。
「ちょっとごめんね」
「なっ――」
止めようとする手を払って、無理やりおでこに手をあてる――
「すごい熱いよ!? こんな熱があるのになんで早く言ってくれないの!?」
雨で冷えた手のひらがやけどしそうなくらいの熱。
なんで気がつかなかったんだろう、ずっとすぐ隣にいたのに……
「……大したこと……ない」
とぎれとぎれのか細い声。
「そんな風に言ったって説得力ないよ! もぉ……」
百瀬くんは気まずそうに目をふせて、何も言わない。
グラグラ頭がゆれてる。博多のホテル探しのときもだったけど、百瀬くんは疲れるとこうなるみたい。
でも、今は百瀬くんのクセを気にしてる場合じゃない。
「スマホ、もうちょっとだけ借りるね」
地図で近くのコンビニを探すと、駅の目の前に1つあるみたい。目をこらすと、それっぽい看板が見える。景色がかすんでて気がつかなかった。
それに、150メートル先に大きめのドラッグストアがあるみたい。
私、足なら速いほうだし、おばあちゃんに貰った傘もあるし、これくらいならいけるかも――
「ちょっと走ってお薬買ってくるから、ここで待っててね?」
しっかりしないと。これまで百瀬くんに任せっきりだった分、私が頑張らなくっちゃ。
「……ごめん」
「あっ、それと――」
◆
「すみませんっ! 解熱剤を探してるんですけどっ!」
「はい、少々お待ちください」
店員さんが探しに行ってくれてる間に、荒れた息を整える。
曲がり角を間違えて時間がかかっちゃったけど、地図を頼りになんとか着いた……スマホ?
……百瀬くんのスマホ、借りたまんまだ。
すぐ戻って返さなきゃ……泥棒だって思われたらいやだ。
「お待たせしました、こちらの方に――」
「あの、それとっ!」
百瀬くんには、これも必要だよね。
「車とかの酔い止めもありますか?」
◆
「ハァ、ハァ……」
走りっぱなし、雨で髪がぐちゃぐちゃ、息がうまくできない。
息を全部吐いて、吸って――
「百瀬くん、待たせてごめ……!?」
――いない。
静かな駅。床にバッグが2つ、百瀬くんの座ってたとこに。
体は冷えきってるのに、嫌な汗がツーっと流れて、背中がもっとゾクゾクする。気持ち悪い。
「……トイレ、だよね」
ひとりごとが、すごくさみしく響く。
勝手にいなくなっちゃうなんて……でも、百瀬くんらしいっていうのかな?
いや、百瀬くんはそんなことしない……と思う。すごい優しいし。
とにかく、イスに座って休みながら百瀬くんを待とう。
◆
遅い。
もう何分たったかな? とにかく、トイレにしては長い。
「……もうっ」
こんな遅いんだったら――
「スマホの中、見ちゃうからね!」
百瀬くんに聞こえるように、大きな声で。
人のスマホを勝手に見るなんて、やっちゃいけないことだ。
でも、こうしたら恥ずかしがって、すぐ戻ってくるんじゃないかと思った。
こうしなきゃ、戻ってきてくれないと思った。
でも百瀬くんの声は聞こえない。わざとらしい私の声だけが返ってくる。
「0、4――」
ドラッグストアに行く前、画面が閉じちゃったときのために聞いたパスワードをいれる。
「0、3……よしっ!」
開いて出てきたホーム画面は、アプリが少なくてスッキリしてる――
――片付けたみたいに?
「……百瀬くんのアルバムの中、見ちゃうからね! 隠してるエッチなの出たって知らないからね!」
さっきより、もっと大きい声で。キーンと耳鳴りがしてくる。
……返事してよ。
アルバムを開くと、昨日のカフェで撮ったツーショットが出てきた。
「ふふっ。百瀬くん、変な顔してる」
次の写真は太宰府とか広島の――もともとの修学旅行で行く予定だった場所のグルメのお店をまとめた紙。
百瀬くん、やっぱり食べるの大好きじゃん。
フフッ、と笑えてなんだか安心する。
百瀬くんはときどき、なに考えてるか分からない。
でもアルバムを進めてくとサイトのスクショにブレブレな床の写真とか、間違えて撮った写真が出てきて、私と同じ人間なんだって分かる。
「や~めた! 百瀬くん、まだぁ――ッ!?」
スマホをしまって顔を上げたときに、ようやく分かった。
――この駅、トイレがないんだ。
……何だか、嫌な予感がする。
そういえば私、床にバッグなんて置いたっけ? いや、イスの上に置いてたはず。
それに、服を入れてるところのチャックのつまみの位置が変わってる。私、いつも適当に真ん中にやってるのに――
――これ、百瀬くんの閉め方だ。
「もっ、百瀬くんのエッチ!」
不安で喉がしまる、でも無理やり声を出す。こうしないと……静かすぎて、不安で、頭がおかしくなる。
「おっ、女の子のバッグの中を!」
チャックの変わってたところを、勢いよく――
「覗くなん……て……」
――お財布。百瀬くんの。




